思い出す日【家族記憶】
2026.06.09
受け継ぐということ
おはようございます。
いつも城間びんがた工房、そして紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただき、本当にありがとうございます。
今日は私にとって少し特別な日です。
祖父・城間栄喜の命日です。
毎年この時期になると、自然と祖父や父のこと、そして工房の歩みについて考える時間が増えていきます。
また6月は、沖縄にとって慰霊の日を迎える月でもあります。
戦争によって多くの命が失われ、文化も暮らしも大きく傷ついた歴史を持つ沖縄にとって、この季節は改めて過去を振り返り、今を見つめ直す大切な時間でもあります。
私は沖縄で生まれ育ちました。
那覇市首里山川町という場所で育ちながら、祖父母や両親、地域の方々から多くの話を聞いてきました。
沖縄の人は、どこかゆったりとしていて、「なんでかねぇ」と言いながら物事を進めることがあります。
若い頃の私は、それを少しもどかしく感じていました。
もっとはっきり言えばいいのに。
もっと強く主張すればいいのに。
そう思ったこともありました。
しかし年齢を重ねるにつれ、それは優柔不断なのではなく、小さな島で生きる人々の知恵だったのではないかと思うようになりました。
狭い島の中では、誰かを完全に否定して生きることはできません。
違う考え方を持つ人とも付き合っていかなければならない。
だからこそ相手を気遣い、少し余白を残しながら言葉を交わす。
そのような文化が自然と育まれてきたのではないかと思うのです。
その豊かさを残してくれた人たちがいました。
私にとって、それは父であり祖父です。
祖父・城間栄喜は、戦後間もなく首里へ戻り、紅型の仕事を再開しました。





当時は今のように材料も道具も十分ではありませんでした。
仕事をしても生活が安定する保証もありません。
紅型を買う人も多くはなく、むしろ駐留していたアメリカ軍関係者の方々が貴重なお客様だったと聞いています。
それでも祖父は諦めませんでした。
なぜ続けたのか。
私はそこに大きな使命感があったのではないかと思っています。
琉球の時代から受け継がれてきた技術。
先人たちが守ってきた美意識。
その文化を絶やしてはいけない。
技術だけではなく、その背景にある思いや誇りまで含めて次の世代へ手渡さなければならない。
そう考えていたのではないでしょうか。
現在、工房には多くの若い職人たちが集まっています。
私たちの世代だけではなく、さらにその先へと技術を受け継いでいくために、新しい仲間が増えていることを本当にありがたく思います。
そんな中、工房の職人である神谷さんが、新しく入った職人たちへ祖父の事が書かれている本である
『沖縄の心を染める』
を読むことを勧めてくれています。
この本は、祖父が歩んだ人生だけではありません。
戦前、戦中、戦後、そして復興の時代を経て、沖縄の文化がどのように受け継がれてきたのかを知ることができる一冊です。
私はその話を聞いたとき、とても嬉しく思いました。
技術を学ぶだけなら、作業を覚えるだけでもできます。
しかし、その技術がなぜ存在するのか。
どのような人たちの思いによって今に残されているのか。
そこを知ることで、仕事への向き合い方は大きく変わると思うからです。
また、私のパートナーであり、「杜栄」の代表でもある城間あずきは、この本を使った読書会を始めました。
大きなイベントではありません。
少人数で本を読み、感想を語り合う静かな時間です。
しかし私は、その時間に大きな価値があると思っています。
文化は、作品だけで残るものではありません。
人と人との会話の中で残るものでもあります。
本を読みながら祖父の時代を知る。
その時代を生きた人たちに思いを馳せる。
そして、自分たちはこれから何を残していくのかを考える。
そんな時間が少しずつ増えていけばいいなと思っています。
祖父の命日を迎えるたびに思うことがあります。
私たちは決して一人でここまで来たのではないということです。
祖父がいて、父がいて、多くの職人がいて、お客様がいて、支えてくださる方々がいた。
その積み重ねの上に、今の工房があります。
だからこそ感謝を忘れず、自分の持ち場でできることを続けていきたいと思います。
祖父のように大きなことはできないかもしれません。
しかし、自分に与えられた役割を果たしながら、次の世代へ何かを手渡していくことはできるはずです。
6月という月は、私たちにとって初心を思い出す月です。
そして改めて、「受け継ぐとは何か」を考える月でもあります。
今日もまた、目の前の仕事に向き合いながら、先人たちへの感謝を忘れずに過ごしていきたいと思います。
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城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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