小さな島の、小さなものづくりの話【工房時間】

皆さんこんにちは。
紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただいていることに、心より感謝申し上げます。

「一隅を照らす」という言葉がありますが、
この小さな島の文化に目を向け、興味を持ってくださる一人ひとりの存在が、
私たちにとって大きな支えであり、次の挑戦へと向かう力になっています。

日々のものづくりや試みは、決して一人で成り立つものではありません。
皆さまのまなざしや関心があってこそ、私たちはその歩みを続けることができています。


工房には、さまざまな職人がいます。
年齢も、経験も、性格も、それぞれ違います。

私は、できる限りその一人ひとりの個性が、
そのままの形で活かされる環境でありたいと願っています。

それは、父がよく口にしていた
「それぞれが持ち場で力を発揮することが大事だ」という言葉と、
母が大切にしていた
「誰一人として欠けてはいけない」という想いを、どこかで受け継いでいるからかもしれません。

現実は決して簡単ではなく、
すべてを守りきれているとは言えません。

それでも、個性が削られるのではなく、
個性がそのまま力になるような場でありたいという思いは、
今も変わらず持ち続けています。


水洗いしたての 帯 着物

そんな中で、芸大の頃から関わりのある一人の職人がいます。

彼とは、彼が学生時代から釣りに行ったり、
仕事の話をしたりしながら、長い時間をともにしてきました。

どこか上下関係というよりも、
仲間に近い感覚がある存在です。

父の時代は、師匠と弟子という関係性が強く、
明確な上下の構造がありました。

しかし今は、時代の変化とともに、
関係性のあり方も変わってきているように感じます。

どちらが正しいということではなく、
その時代ごとに合った形があるのだと思います。


私たちが向き合っている紅型という文化は、
もともと多様なものを受け入れてきた歴史を持っています。

中国や東南アジア、日本本土の文化が交わりながら、
この島で独自の表現へと育まれてきました。

その流れの中で、
現在、沖縄には日本の中でも有数の国指定伝統工芸が存在しています。

この豊かな文化を、
どのように次の世代へ渡していくのか。

それが、今を生きる私たちに問われていることだと感じています。


先ほどの彼とは、時折とても抽象的な話をします。

「なぜ昔の紅型を見ると、こんなにも心が動くのか」

「なぜ、あの時代のものには“震え”のようなものがあるのか」

そんな問いを、何度も繰り返してきました。


あるとき、古い型紙を見ていて気づいたことがあります。

型紙の裏側には、筆で描かれた図案が残っていることがあります。
しかしその上から、まるでそれを断ち切るように、
刃物で型が彫られている。

描く人と彫る人が同じだったのか、
あるいは別々だったのかは分かりません。

けれどそこには、

前の工程を深く理解し、受け入れた上で、次に進む

という強い意思が感じられます。

ただの作業ではなく、
一つひとつの判断と技術の積み重ね。

その連なりが、
今私たちが見ている「震えるような美しさ」につながっているのではないかと感じるのです。


そしてもう一つ、忘れられない感覚があります。

彼と釣りに出かけたときのことです。

沖縄の海は、島の周囲をリーフと呼ばれる浅瀬が囲み、
その外側には一気に深い海が広がっています。

小さなボートでその境界まで出ると、
外海から押し寄せる大きな波の音と、
内側の静かなエメラルドグリーンの水面が、同時に存在しています。

その場に身を置くと、
言葉では表せないような安心感と、
同時に自然への畏敬の念のようなものが湧き上がってきます。

「この感覚を、そのまま紅型にできないだろうか」

そんなことを、何度も考えました。


もしかすると、
昔の紅型が人の心を動かす理由は、

  技術の高さだけではなく
  自然に対する感情や祈り

そういったものが、
かたちとして残っているからなのかもしれません。


だからこそ今、
私自身がものづくりに向き合うときには、

「なぜ心が動くのか」

という問いを、できるだけ中心に置くようにしています。

技術や知識は後から積み重なっていきますが、
最初にあるべきものは、
やはり“感覚”なのではないかと思うのです。


紅型は、ただ過去を再現するものではなく、
その時代ごとの人の感覚や自然との関係性を映し出すものです。

だからこそ、
これからの紅型もまた、
今の時代を生きる私たちの感覚によって更新されていくべきものだと感じています。


これからも、
この小さな工房という場を通して、
人と人が出会い、言葉を交わし、
そこから新しい何かが生まれていく。

そんな流れを、丁寧に育てていけたらと思っています。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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