日曜日の工房【工房時間】

工房が休んでいる日

皆さん、こんにちは。

いつも城間びんがた工房、そして紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただき、本当にありがとうございます。

沖縄はおそらく梅雨明けを迎えたのでしょうか。

今年は例年にも増して湿度の高い日が続いています。首里周辺では珍しく濃い霧が立ち込める日もあり、飛行機が着陸できなかったという話も何度か耳にしました。

子どもの頃の記憶をたどっても、ここまで霧を身近に感じた年はあまり思い出せません。

自然も少しずつ変化しているのかもしれません。

それでも日差しは確実に夏のものになってきました。

強い光が街を照らし、空の青さも深くなってきています。

これから先は、台風でも来ない限り、まとまった雨は少なくなるのかもしれません。代わりに夕立が増えてくる季節です。

そんな中、今回の写真は少し変わった視点で撮影しました。

作品ではありません。

職人でもありません。

誰もいない工房です。

日曜日の工房。

静まり返った工房。

普段は人の気配で満ちている場所が、ひっそりと休んでいる姿です。

実は私はこの風景が昔から好きでした。

工房は私の実家でもあります。

現在も建物の二階は住居になっていますので、小さい頃から工房の音を聞きながら育ってきました。

朝になると人が集まり、作業が始まる。

型紙を彫る音。

筆を洗う音。

職人同士の会話。

そういったものが当たり前のように流れていました。

だからこそ、日曜日の工房は少し特別でした。

誰もいない。

音もない。

机の上には道具が整然と並び、作業途中の布が静かに置かれている。

まるで工房そのものが休息しているような感覚があります。

私はこの風景を見るたびに思うことがあります。

工房は建物ではないのだな、と。

もちろん建物はあります。

机もあります。

道具もあります。

けれど本当に工房を工房たらしめているのは、そこにいる人たちなのだと思うのです。

普段は当たり前のように職人たちがそれぞれの持ち場で仕事をしています。

デザインを考える人。

型紙を彫る人。

色を作る人。

染める人。

仕上げる人。

それぞれが自分の仕事に向き合っています。

そして人がいなくなった工房を見ると、その存在の大きさに改めて気付かされます。

静かな工房には、人の姿はありません。

けれど不思議なことに、人の気配は残っています。

机についた小さな傷。

絵皿に残った色の跡。

何度も握られた筆。

長年使い込まれた道具。

それらを見ると、誰がどんな仕事をしていたのかが何となく想像できます。

人がいないのに、人を感じる。

それは工芸の面白いところかもしれません。

工芸は完成品だけで成り立っているわけではありません。

その裏には膨大な時間があります。

失敗した日もあります。

思うようにいかなかった日もあります。

少しだけ上手くいった日もあります。

そうした日々が積み重なって、一枚の布になっていきます。

だから私は、人がいない工房を見ると、その積み重ねそのものを見ているような気持ちになります。

世の中はどんどん速くなっています。

新しい情報が次々と流れ、常に何かが更新されています。

けれど工房の時間は少し違います。

昨日できなかったことが、今日もできないことがあります。

一年経っても難しいことがあります。

十年経ってようやく分かることもあります。

そういう意味では、とても不器用な世界かもしれません。

しかし私は、その不器用さが嫌いではありません。

むしろ人間らしいと思っています。

急がなくてもいい。

少しずつでいい。

そう言われているような気がするのです。

日曜日の工房には、そんな空気があります。

誰もいない。

音もない。

けれど次の週に向けて静かに準備をしている。

休みながらも、次の仕事を待っている。

まるで呼吸を整えているような時間です。

私たちも同じなのかもしれません。

頑張り続けることも大切ですが、立ち止まる時間も必要です。

休むこと。

振り返ること。

静かに考えること。

そういった時間があるからこそ、また次の一歩が踏み出せるのだと思います。

今回の写真には人は写っていません。

けれど、そこにはたくさんの人たちの仕事があります。

そして長い時間があります。

もし写真をご覧になりながら、少しでもそんな空気を感じていただけたら嬉しく思います。

今週もまた工房には人が集まり、それぞれの持ち場で仕事が始まります。

その当たり前の日常に感謝しながら、私たちも一つひとつの手仕事と向き合っていきたいと思います。

いつも見守っていただき、本当にありがとうございます。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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