懐かしいざわめき【工房時間】
2026.06.24
台風が来る前の空気
皆さん、こんにちは。
いつも城間びんがた工房、そして紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただき、本当にありがとうございます。
沖縄には台風7号が近づいています。
もともと湿度の高い土地ですが、台風が近づくとさらに空気が重たくなるような感覚があります。
空全体に見えない圧力がかかっているような。
風はまだそれほど強くありませんが、街全体が静かに何かを待っているような雰囲気になります。
工房の窓から外を見ると、今にも雨が降り出しそうな空が広がっています。
雲は低く、光もどこか柔らかくなっています。
職人たちも天気予報を確認しながら、
「今回はどうなるかね」
と話しています。
直撃であれば工房も台風対策をしなければなりません。
飛ばされそうなものを片付けたり、窓の確認をしたり、いつもとは違う準備が必要になります。
それなりに大変なことではあります。
それなのに不思議なことがあります。
私は少しわくわくしているのです。
もちろん被害が出るような台風は困ります。
来ない方が良いに決まっています。
それでも、この独特な空気になると、どこか心が動いてしまうのです。
なぜなのだろうと考えてみることがあります。
おそらく子どもの頃の記憶とつながっているのでしょう。
沖縄で育った方なら分かるかもしれません。
台風が近づくとスーパーには保存食が並び始めます。
ホームセンターには台風対策コーナーができます。
家では停電に備えて準備をします。
そして何より、学校が休みになるかもしれない。
そんな期待を抱きながら空を見上げていた記憶があります。
当時の私は、台風そのものが好きだったわけではありません。
ただ、いつもと違う時間がやってくることに心が動いていたのだと思います。
いつも通りではない一日。
予定が変わる一日。
家族がそろう時間。
そういったものが、今でもどこかに残っているのかもしれません。
大人になると、感情には理由があるように思いがちです。
嬉しいから笑う。
悲しいから落ち込む。
不安だから心配する。
けれど実際には、自分でもよく分からないまま動いている感情もあります。
台風が近づくと少しわくわくする。
雨の匂いを嗅ぐと昔を思い出す。
ある音楽を聴くと懐かしくなる。
そういうことは誰にでもあるのではないでしょうか。
理由を説明しようと思えばできるのかもしれません。
けれど説明しきれない部分もあります。
私は最近、その説明しきれない部分も大切なのではないかと思うようになりました。
人は案外、自分自身のことを知らないものです。
なぜそれが好きなのか。
なぜそれが苦手なのか。
なぜその言葉に反応してしまうのか。
なぜその景色を見ると安心するのか。
そんなことを考え始めると、少し面白くなります。
正解を探すというより、自分の中にある小さな記憶をたどっていくような感覚です。
私の場合、それが作品づくりにもつながっています。
空の色。
風の流れ。
虫の気配。
雲の隙間から差し込む光。
何気ない景色なのですが、なぜか心に残るものがあります。
それらは特別な出来事ではありません。
むしろ日常の中にあるものばかりです。
けれど、そういう何気ないものが作品の種になることがあります。
今回の写真も、そうした日常の風景を切り取ったものです。
派手な景色ではありません。
観光地でもありません。
ただ、その日に見た空や光や街の様子です。
台風前の空気も、そうした景色の一つです。
もしかすると数日後には強い雨が降り、風が吹き、またいつもの空に戻っていくのでしょう。
けれど今この瞬間だけの空気があります。
今この瞬間だけの光があります。
私たちは日々忙しく過ごしていますが、時々立ち止まって周りを見てみると、思いがけない発見があります。
そしてその発見は、外の世界だけではなく、自分自身についての発見でもあるような気がしています。
台風前の重たい空気の中で、そんなことを考えていました。
皆さまもどうぞ安全にお過ごしください。
そしてもし空を見上げる機会がありましたら、今日の空がどんな気持ちを思い出させてくれるのか、少しだけ耳を傾けてみてください。
案外、自分でも忘れていた何かがそこにあるかもしれません。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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