工房の夏【工房時間】

夏の匂い

皆さん、こんにちは。

いつも城間びんがた工房、そして紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただき、本当にありがとうございます。

沖縄はすっかり夏の入り口に立ったようです。

朝から蝉の声が聞こえるようになり、強い日差しが街を照らしています。

工房の周辺を歩いていても、植物たちが一気に勢いを増し、生きものたちが動き出していることを感じます。

今回の写真は、そんな工房周辺の日常の風景です。

特別な観光地でもなく、特別な景色でもありません。

私たちが毎日見ている道や空、木々や光。

そうした何気ない風景を撮影していただきました。

そして、この季節になると私が必ず思い出すものがあります。

藍の香りです。

工房では毎年夏になると藍染めの仕込みが始まります。

今年もいよいよ藍の準備が始まりました。

私は夏生まれということもあり、この季節が昔から好きです。

暑さはあります。

台風も来ます。

湿度も高い。

けれど、それ以上に夏の始まりには心が動く何かがあります。

その理由の一つが藍なのかもしれません。

子どもの頃、工房で暮らしていた私は、この時期になるとどこからともなく漂ってくる藍の香りを感じていました。

すると自然と、

「ああ、そろそろ藍染めの季節なんだな」

と思ったものです。

母が藍の仕込みを始める時期でした。

今のようにインターネットもありません。

動画もありません。

情報交換もほとんどありません。

その当時の工芸の世界では、それぞれの家がそれぞれの技術を守りながら仕事をしていました。

藍染めも同じです。

誰かが丁寧に教えてくれるわけではありません。

本を見れば答えが載っているわけでもありません。

母は試行錯誤を繰り返しながら、自分自身で藍染めの技術を積み上げていきました。

当然うまくいかないこともあります。

思うように色が出ないこともあります。

発酵が安定しないこともあります。

そのたびに母は藍の部屋にこもっていました。

夜遅くまで。

時には深夜まで。

私が眠る頃もまだ作業をしていて、朝起きてもまだ続いていることもありました。

子どもだった私は、その姿を少し複雑な気持ちで見ていました。

仕事が嫌だったわけではありません。

けれど、母があまりにも仕事に向き合っているので、

「仕事に母を取られている」

そんな気持ちになることもありました。

今振り返れば、母も必死だったのだと思います。

技術を身につけなければならない。

工房を守らなければならない。

家族を支えなければならない。

いろいろな思いがあったのでしょう。

子どもの私には分かりませんでした。

ただ藍の香りだけは強く記憶に残りました。

不思議なものです。

人は景色よりも先に匂いを覚えていることがあります。

ふとした瞬間に昔の記憶がよみがえることがあります。

私にとって藍の香りはまさにそういうものです。

夏の空気。

工房の熱気。

母の背中。

子どもの頃の気持ち。

そうしたものが全部一緒になって蘇ってきます。

良い記憶だけではありません。

少し寂しかった記憶もあります。

うまくいかなかった日の記憶もあります。

家族の苦労もあります。

けれど、それらを全部含めて今の自分ができているのだと思います。

だからでしょうか。

今でも藍の香りを感じると少し嬉しくなります。

そして少しだけ背筋が伸びます。

また夏が始まる。

また仕事が始まる。

そんな気持ちになるのです。

工房の周辺には特別なものはありません。

いつもの道があります。

いつもの木があります。

いつもの空があります。

けれど、その風景の中には私たちの記憶があります。

積み重ねてきた時間があります。

季節ごとに思い出す匂いがあります。

今回の写真を見ながら、そんな沖縄の日常の空気も少し感じていただけたら嬉しく思います。

蝉の声が響き始めました。

藍の仕込みも始まりました。

いよいよ夏本番です。

今年もまた、この季節の中で一つひとつの仕事と向き合っていきたいと思います。

いつも温かく見守っていただき、本当にありがとうございます。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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