道具と手と時間【工房時間】
2026.06.11


















皆さん、おはようございます。
いつも城間びんがた工房、そして紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただき、本当にありがとうございます。
日々ものづくりに向き合えることを、私たちはとてもありがたく感じています。
今回掲載している写真は、作品そのものというよりも、職人たちの手元や仕事の風景を中心に撮影していただいたものです。
完成した作品は、多くの方の目に触れる機会があります。
しかし、その作品が生まれるまでの時間や、その途中にある手仕事の積み重ねは、意外と知られていないかもしれません。
紅型は、一人で作り上げる仕事ではありません。
図案を描く人がいて、型紙を彫る人がいる。
色をつくる人がいて、色を差す人がいる。
糊を置く人がいて、仕上げを行う人がいる。
そして、それぞれの工程を受け取りながら、次の人へと仕事が渡されていきます。
私たちの工房では、そのほぼすべての工程を一つの場所で行っています。
そのため、自分が携わった仕事がどのような形で完成していくのかを近くで見ることができます。
それはとても恵まれた環境だと思います。
一つの工程だけでは見えなかったことも、全体を見ることで見えてくることがあります。
自分の仕事が次の工程にどのようにつながっていくのか。
逆に前の工程がどれほど大切だったのか。
そうしたことを日々感じながら仕事をしています。
職人の仕事というと、器用な手先や長年の経験に目が向きがちです。
もちろんそれも大切な要素です。
しかし実際には、私たちは指だけで仕事をしているわけではありません。
型紙を彫る時には小刀があります。
色を差す時には刷毛があります。
糊を置く時には筒があります。
どの工程にも道具があり、その道具を通して仕事をしています。
長く仕事を続けていると、不思議なことがあります。
道具を使っているというよりも、道具と一緒に仕事をしているような感覚になることがあります。
ほんの少しの力加減。
ほんの少しの角度。
ほんの少しの湿度の違い。
そういった細かな変化を感じながら仕事を進めていきます。
布の上に色がどのように広がるのか。
糊がどのように乗るのか。
刃先がどのように紙へ入っていくのか。
その一つひとつに向き合いながら、静かに仕事が進んでいきます。
だからこそ、今回の写真を見ていると、私は手の表情がとても印象的に感じられます。
作品ではなく、仕事をしている手。
言葉を発するわけではありませんが、その人がどのように仕事と向き合っているのかが少し見える気がするのです。
職人の世界というと、特別なもののように思われることがあります。
けれど私たちの日常は、案外地味なものです。
毎日同じように机に向かい、道具を手に取り、目の前の作業を繰り返していきます。
華やかな瞬間よりも、その積み重ねの方が圧倒的に長い時間を占めています。
しかし、その繰り返しの中にこそ、ものづくりの面白さがあるのかもしれません。
昨日より少し良い仕事ができた。
思い描いていた色が出せた。
難しい部分がきれいに仕上がった。
そんな小さな喜びが日々の支えになっています。
今回掲載している写真も、特別な瞬間を切り取ったものではありません。
むしろ私たちにとっては、ごく当たり前の日常です。
けれど、その当たり前の日常の中にも、長い時間をかけて受け継がれてきた技術や考え方が息づいています。
もし写真を見ながら、
「こうやって作られているんだな」
「こんな道具を使っているんだな」
と少しでも感じていただけたら嬉しく思います。
そして何より、こうした仕事の風景に興味を持ってくださる皆さまの存在が、私たちにとって大きな励みになっています。
皆さまの好奇心や応援の気持ちが、日々の仕事を続ける力になっています。
いつも本当にありがとうございます。
これからも、変わらない日常の積み重ねを大切にしながら、一つひとつの仕事に向き合っていきたいと思います。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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