「レコードって何ですか?」(そんな質問が、嬉しい)【工房時間】

工房の水洗い場です
糊を落とし 洗い立ての布を干している様子
Photographs by Keita Teruya
Photographs by Keita Teruya
Photographs by Keita Teruya
Photographs by Keita Teruya

工房の日常を、少しずつお届けします。

皆さん、こんにちは。いつも城間びんがた工房のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。

私たちの工房では、約20名の職人が、一枚一枚の作品と向き合いながら日々制作を続けています。そのため、普段は工房見学を常時お受けしているわけではありません。職人がものづくりに集中できる環境を大切にしたい、という思いがあるからです。

染めの工程は、ほんの少しの気の緩みが、そのまま作品の出来に影響してしまう仕事です。糊を置く手が少しでも震えれば、線は乱れます。色を差す一瞬の判断が遅れれば、意図した色合いにはなりません。だからこそ、職人たちが余計な緊張や気遣いを抱えることなく、目の前の一枚に集中できる時間を、できる限り守りたいと考えています。これは、お客様を遠ざけたいという気持ちからではなく、むしろ、良い状態でものづくりに向き合ってこそ、皆さんにお届けできる作品の質を保てるのだという、私たちなりの誠実さの表れだと思っています。

その一方で、「紅型はどのようにつくられているのだろう」「工房ではどんな一日が流れているのだろう」と、興味を持ってくださる方も多くいらっしゃいます。このホームページは、そんな皆さんに、工房の日常やものづくりの風景を、少しずつお届けする場所でもあります。

Photographs by Keita Teruya
Photographs by Keita Teruya

工房の一日は、静かに始まります。朝、職人たちが一人、また一人と工房に集まり、それぞれの持ち場に着きます。型紙を彫る人、糊を置く人、色を差す人。声高に何かを語り合うわけではありませんが、道具を扱う音、筆先が布に触れる小さな音、そうしたものが工房の中に静かに満ちていきます。約20名の職人が、それぞれのペースで、一枚の布と向き合う時間です。

20代の頃から、私はさまざまな場所で紅型や伝統工芸についてお話しする機会をいただいてきました。長く続けていると、時代とともに、その伝わり方が変わってきたことにも気づかされます。伝統というものは、もはや「知っていることが前提」ではなくなってきているのかもしれません。

この工房は、約300年にわたって紅型と向き合ってきました。私で16代目になります。そう聞くと、随分と長い歴史のように感じられるかもしれませんが、工房で日々過ごしている私にとっては、決して特別な重みとして意識しているわけではありません。むしろ、毎日同じように型紙に向かい、同じように糊を置く。その繰り返しの延長線上に、気づけば300年という時間が積み重なっていた、という感覚の方が近いように思います。だからこそ、私たちが今日どんな仕事をするかが、そのままこの先の歴史の一部になっていくのだと感じています。

最近、印象に残る出来事がありました。終戦直後、まだ道具も十分に揃っていなかった時代、工房ではアメリカ軍が残していったレコード盤を加工して、「のりべら」として使っていました。糊を均一に伸ばすための、大切な道具です。その話をお客様にすると、「レコードって何ですか」という反応をいただくことがあります。

終戦後レコード 薬莢など 手に入る廃品から染色道具を作りました

最初は少し驚きました。けれど、それは決して特別なことではないのだと、すぐに思い直しました。時代が変われば、暮らしも道具も変わります。着物を着る機会や、筆を使う経験も少しずつ少なくなっていて、かつては当たり前だったことが、今では新しい発見になる時代なのだと感じています。

考えてみれば、レコード盤を糊べらに変えるという発想自体が、当時の職人たちの知恵そのものでした。物のない時代に、あるもので工夫する。使えるものは何でも道具に変えてしまう。今、工房に残っているそうした古い道具の一つひとつには、効率や見た目ではなく、「今日の仕事をどうにか進めるため」という、切実な工夫が刻まれています。今の私たちが当たり前のように使っている道具の多くも、元をたどれば、そうした先人たちの試行錯誤の積み重ねの上に成り立っているのだと、あらためて感じさせられました。

だからこそ、作品そのものだけではなく、その背景にある道具や仕事、職人の手の動きまで残していくことも、私たちの役割なのではないかと、最近はよく考えるようになりました。作品は、生まれた時代の暮らしと切り離しては語れません。道具の一つひとつにも、その時代を生きた人たちの工夫や苦労が刻まれています。それを伝えていくことも、紅型という文化を未来へつなぐ仕事の一部なのだと思っています。

最近、新しい試みも始めています。これまでは私やスタッフが工房の日常を撮影してきましたが、少しずつ、プロの写真家の方にも工房を撮影していただくようになりました。

同じ工房を見ても、撮る人が変われば、写る景色はまったく違うものになります。私は写真の専門家ではありませんが、その違いを見ることが、とても面白いと感じています。ある方の写真では、職人の指先の動きに焦点が当たり、また別の方の写真では、工房に差し込む光と影の対比が印象的に切り取られている。同じ場所、同じ時間のはずなのに、レンズを通すと、まったく違う物語が立ち上がってくるようです。ある写真家の方は、道具棚に無造作に置かれた筆の並びに目を留め、「これも一つの景色ですね」と言ってくださいました。私たちにとっては見慣れた、当たり前の光景です。それが誰かの目を通すと、こんなにも違って見えるのかと、あらためて驚かされました。

紅型も、これと同じなのかもしれません。同じ古典柄を見ても、色彩に惹かれる人もいれば、構図の面白さに魅力を感じる人もいます。あるいは、そこに込められた歴史に心を動かされる人もいるでしょう。正解は一つではありません。それぞれの視点があるからこそ、新しい発見が生まれ、文化はより豊かなものになっていくのだと思います。作り手である私たちが「これが正しい見方です」と決めてしまうことは、案外、文化の可能性を狭めてしまうことなのかもしれない。そんなことも、写真家の方々とご一緒する中で考えるようになりました。

これからもさまざまな写真家の皆さんとご一緒しながら、一つの工房がどのように映し出されるのか、その違いも、皆さんに楽しんでいただけたら嬉しく思います。

今回は、職人たちが染色に向き合う、静かな時間を中心に写真を掲載しました。糊を置く手の動き、色を差す瞬間の集中した表情、作業台に差し込む午後の光。言葉で説明するよりも、一枚の写真の方が、工房の空気をずっと正直に伝えてくれることがあります。派手な瞬間は、実はほとんどありません。それでも、その何気ない一瞬一瞬の中にこそ、この仕事の本当の姿があるように思います。どうぞ、一枚一枚の写真から、工房の空気を感じてみてください。

型置き
Photographs by Keita Teruya
図案です

日本の南にある小さな島で、今日も変わらず紅型を染め続ける人たちがいます。派手な出来事があるわけではありません。朝、工房に集まり、それぞれの持ち場で黙々と手を動かす。型紙を彫る音、糊を置く筆の動き、色を差すときの静かな息づかい。そうした一日一日の積み重ねが、この場所を支えています。

こうして毎回ホームページを通して工房の様子をお伝えしていると、思いがけないところで反響をいただくことがあります。「工房に行ったことはないけれど、いつも写真を楽しみにしています」「道具の話が印象に残っています」といったお声をいただくたびに、直接お会いしたことのない方々とも、こうして少しずつつながっていけるのだと、あらためて実感します。中には、遠方にお住まいで、なかなか沖縄まで足を運べないという方から、「このページを見るのが、沖縄を身近に感じる時間になっています」というメッセージをいただいたこともありました。工房を公開しているわけではなくても、こうした形で日常を分かち合えることのありがたさを感じています。

その日々の仕事に目を向け、興味を持ってくださる皆さんの存在が、私たちにとって何よりの励みです。皆さんの好奇心が、これからのものづくりを支える、大きな力になっています。誰かが見てくれている、知りたいと思ってくれている。そのことが、道具を手に取るときの背筋を、少しだけ伸ばしてくれるように思います。

これからも、この場所から、工房の日常と琉球文化の魅力を、少しずつお届けしていきます。派手な発表があるわけではなく、大きな変化が毎回あるわけでもありません。今日という一日は、傍から見れば、昨日とほとんど変わらない一日かもしれません。それでも、その積み重ねの中に、少しずつではあっても確かな変化があり、次の世代へ手渡せるものが育っていくのだと信じています。今日という一日を、明日へと丁寧につないでいくこと。その積み重ねの先に、紅型という文化の未来があるのだと信じています。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。

平成24年(2012年)
第47回 西部伝統工芸展 福岡市長賞

平成25年(2013年)
沖展 正会員推挙

平成26年(2014年)
第49回 西部伝統工芸展 奨励賞
城間びんがた工房 十六代継承

平成27年(2015年)
第62回 日本伝統工芸展 新人賞受賞
日本工芸会 正会員推挙

令和3年(2021年)
第56回 西部伝統工芸展 沖縄タイムス社賞

令和4年(2022年)
MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞

令和5年(2023年)
第58回 西部伝統工芸展 西部支部長賞
「ポケモン×工芸展」出展
文化庁「日中韓芸術祭」出展

令和6年(2024年)
文化庁「技を極める」展 出展

令和7年(2025年)
「ポケモン×工芸展」全国巡回展(滋賀・静岡・東京・愛知・青森・長崎)

令和8年(2026年)
国際交流基金に作品が買い上げられる。
同作品は国際文化交流事業の一環として、

世界22か国のジャパンハウスを巡回予定。琉球紅型訪問着「雲を読む」

城間栄市作品



外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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