看板には、書ききれないこと【工房時間】
2026.07.21
看板の色を変えた日
工房の看板を塗り替えました。私が三歳の頃に父が建てた建物です。四十年以上もの間、黄色と赤の看板がこの場所に立ち続けてきました。その色は遠くからでもよく目立ち、多くの方が「ああ、あそこが城間びんがた工房だ」と覚えてくださっていました。私自身も、その景色を見ながら育ちました。だから、色を変えることに迷いがなかったと言えば嘘になります。思い出もあります。父が築いてきた歴史もあります。工房の顔とも言える場所です。そんな簡単な話ではありませんでした。

きっかけは、ある先輩の一言でした。建物の屋根に上がる機会があり、「思った以上に傷んでいるね」。そう教えてくださいました。下から見ているだけでは気づかなかった傷みが、屋根の上には確かにありました。看板も、長い年月の雨や風を受け続けていました。「そろそろ手を入れた方がいいよ」。その言葉が、今回の塗り替えにつながりました。
最初は、「同じ色に塗り直そうか」とも考えました。黄色と赤。沖縄らしく、力強く、分かりやすい色です。実際、これまでの紅型もそうでした。琉球王国の衣装として育ち、祝祭の色として人々の暮らしを彩ってきました。紅型は「晴れ」の文化です。鮮やかな色には意味があります。決して派手なだけではありません。人々の願いや喜びを映してきた色です。だから私は、今までの看板を否定したかったわけではありません。むしろ、父の時代にあの色が必要だったことをよく理解しています。あの時代には、あの色が工房の存在を支えてくれていました。
けれど、この数年、作品を作り続ける中で、自分の中に少しずつ変化が生まれていました。昔よりも、自然を静かに眺める時間が増えました。風の流れ。朝の光。木々の影。海の色。そうしたものを見ていると、沖縄の魅力は「鮮やかさ」だけではないことに気付かされます。静かな海もあります。曇り空の日もあります。雨上がりの緑もあります。夕暮れの柔らかな光もあります。自然はいつも大きな声ではありません。静かな時間の中にこそ、深い美しさがあります。紅型も、同じなのかもしれません。
沖縄らしさとは何でしょう。青い海でしょうか。赤い花でしょうか。色鮮やかな文化でしょうか。もちろん、それも沖縄です。でも私は、もう一つの沖縄があるように思っています。違う文化を受け入れてきたこと。小さな島だからこそ、互いを認め合いながら暮らしてきたこと。自然を敬い、祖先を敬い、日々の暮らしに感謝すること。そうした静かな精神もまた、沖縄らしさではないでしょうか。
最近、私はよく思います。作品を通して伝えたいものも、少しずつ変わってきたのではないか、と。以前は、「沖縄の色」を伝えたいと思っていました。今は、その色の奥にある時間や祈りを伝えたいと思っています。自然とともに暮らすこと。人と争うのではなく、違いを認め合うこと。派手に主張するのではなく、静かに寄り添うこと。そんな価値観を、作品の中へ少しずつ映したいと思っています。
だから今回、看板の色も変えました。目立つためではなく、工房の今の姿に近づけるためです。少し落ち着いた色にしたのは、流行を追ったからではありません。今の私たちのものづくりが、そういう場所へ向かっているからです。もちろん、看板が変わったからといって、工房が急に変わるわけではありません。染める仕事は変わりません。型紙を彫る仕事も変わりません。毎日、少しずつ積み重ねていく仕事です。けれど、美意識は少しずつ育っていきます。人もそうです。工房もそうです。四十五年という時間が、父の時代の工房を育てました。これからの四十五年は、また違う景色を育てていくのでしょう。
看板は、工房の入り口にあります。でも本当の入り口は、そこではないのかもしれません。この場所で何を大切にし、何を未来へ手渡そうとしているのか。その想いこそが、工房の入り口なのだと思います。
今回の塗り替えは、古いものを消すためではありません。これまで歩んできた時間に感謝しながら、これから歩んでいく時間へ、静かに一歩を踏み出すための小さな節目でした。これから工房を訪れてくださる方が、新しい看板の前で立ち止まり、その静かな変化の中に、少しでも私たちの想いを感じていただけたら嬉しく思います。




城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
平成24年(2012年)
第47回 西部伝統工芸展 福岡市長賞
平成25年(2013年)
沖展 正会員推挙
平成26年(2014年)
第49回 西部伝統工芸展 奨励賞
城間びんがた工房 十六代継承
平成27年(2015年)
第62回 日本伝統工芸展 新人賞受賞
日本工芸会 正会員推挙
令和3年(2021年)
第56回 西部伝統工芸展 沖縄タイムス社賞
令和4年(2022年)
MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞
令和5年(2023年)
第58回 西部伝統工芸展 西部支部長賞
「ポケモン×工芸展」出展
文化庁「日中韓芸術祭」出展
令和6年(2024年)
文化庁「技を極める」展 出展
令和7年(2025年)
「ポケモン×工芸展」全国巡回展(滋賀・静岡・東京・愛知・青森・長崎)
令和8年(2026年)
国際交流基金に作品が買い上げられる。
同作品は国際文化交流事業の一環として、
世界22か国のジャパンハウスを巡回予定。琉球紅型訪問着「雲を読む」
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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