運と雲【工房時間】
2026.05.30













皆さん、こんにちは。
いつも城間びんがた工房を通して、琉球文化や紅型に触れていただき、本当にありがとうございます。
沖縄という小さな島で育まれてきた伝統工芸ですが、こうして興味を持ってくださる方がいることで、その文化は少しずつ次の世代へと受け継がれていきます。
私自身、沖縄生まれ沖縄育ちです。
那覇市首里山川町で生まれ育ち、祖父母や親族から島の暮らしや昔の話を聞きながら育ってきました。
若い頃にはあまり気にしていなかった話も、四十代後半になった今では、ふとした時に思い返すことが増えてきました。
特に最近よく考えるのは、「人は自然とどのように付き合ってきたのか」ということです。
私の母は沖縄県最北端に位置する伊平屋島の出身です。
そこにはいつも海がありました。
父もまた海に親しんで育った人でした。
海の近くで暮らす人たちは、自然から多くの恵みを受け取ります。
しかし、その一方で自然に対して慎重でもありました。
例えば魚を獲るとき。
一つの穴に魚が住み着いていたとしても、全部を獲ってしまうことはありません。
必要な分だけいただき、残しておく。
なぜなら、獲り尽くせば次は来ないことを知っているからです。
海は無限ではありません。
自然は人の都合で動いてくれるものでもありません。
だからこそ、人は自然のリズムに耳を傾けながら暮らしてきました。
沖縄の工芸でも同じことが言えます。
例えば夜光貝。
大きく美しい貝で、螺鈿細工などに用いられてきました。
しかし、それも無尽蔵にあるわけではありません。
限られた資源を大切に使いながら、長い年月をかけて文化が育まれてきました。
島の暮らしには、常に「限りがある」という感覚があったように思います。
だからこそ、必要以上に奪わず、必要以上に急がず、その時々の状況を受け入れながら生きてきたのではないでしょうか。
私は時々、「運」という言葉について考えます。
運が良い。
運が悪い。
人生の中ではよく使われる言葉です。
しかし最近、「運」という字を見ていると、不思議と「雲」という字が重なって見えることがあります。
空を見上げると、雲は絶えず形を変えています。
晴れる日もあれば曇る日もあります。
台風が近づく日もあります。
私たちは空に向かって怒ることはありません。
雲が出たからといって責めることもありません。
ただ、「今日はそういう日なんだな」と受け入れています。
運もまた同じなのではないかと思うのです。
人生には浮き沈みがあります。
良いこともあります。
思い通りにならないこともあります。
夢が叶う日もあれば、努力が報われない日もあります。
私たちはつい、その出来事に意味を求めたり、執着したりしてしまいます。
しかし、もしかすると人生の波もまた、空に浮かぶ雲のようなものなのかもしれません。
晴れの日だけを求め続けることはできません。
台風を完全に避けることもできません。
大切なのは、その時々に応じてできることをすること。
そして、できないことを受け入れること。
それが昔から島の人たちが自然と共に身につけてきた知恵だったのではないでしょうか。
実はこの原稿を書いている今も、台風6号が沖縄へ近づいています。
工房では静かに道具を片付けたり、小屋の戸締まりを確認したりしています。
天気予報を見ると直撃の予報です。
空気もどこか重たく、島全体が静かに身構えているような雰囲気があります。
けれど、慌てても台風の進路は変わりません。
やれることをやる。
そして過ぎるのを待つ。
それだけです。
もし作業ができないなら、普段手をつけられなかった整理をする。
本を読む。
考え事をする。
そんな時間があっても良いのだと思います。
工芸もまた、自然と似ています。
思い通りにいかないことがたくさんあります。
染料も、湿度も、気温も、人の成長も、作品づくりも。
すべてをコントロールすることはできません。
だから私たちは、自然に逆らうのではなく、寄り添うことを学んできました。
今回掲載している写真も、特別な何かではありません。
ただの日常の一コマです。
けれど、その何気ない風景の中にも、島で暮らす人々が長い時間をかけて育んできた価値観が隠れているように思います。
運を追いかけるのではなく、雲を眺めるように暮らす。
良い日も悪い日も、自分の人生の一部として受け入れる。
そんな静かな心の持ち方が、もしかすると工芸の中心に流れているのかもしれません。
今日もまた、空を見上げながら、目の前の仕事に向き合っていこうと思います。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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