落語が始まる、その十五分前に【イベント】
2026.07.19
文化は、人が集まることで育っていく。
夏本番となり、朝六時半を過ぎると蝉たちが一斉に鳴き始めます。沖縄では週末になるたび、台風の進路を気にする季節でもあります。今回も天気を心配しながら迎えた「紅型と落語」の会でしたが、おかげさまで無事開催することができました。まずはご参加いただいた皆様に、心より感謝申し上げます。
私たちの工房は、祖父の時代から積極的に観光施設として工房を開放してきたわけではありません。職人が仕事に集中できる環境を守ること。それが何よりも大切だと考えてきました。研究者の方、染織に携わる方、着物を大切にしてくださる方。そのような方々とのご縁を大切にしながら歩んできた歴史があります。これは、お客様を遠ざけたいという意味ではありません。私たち自身が「おもてなし」を仕事にしているわけではなく、ものづくりそのものに力を注ぐ職人集団だからです。だからこそ、中途半端な見学よりも、文化をゆっくり味わっていただける時間をつくりたい。そんな思いから始めたのが、この「紅型と落語」という催しです。




今回で二回目となりましたが、参加者は三十名満席。さらに驚いたのは、約六割の方が着物姿で来場してくださったことです。三か月前から「着物でお越しくださった方にはプレゼントがあります」とお知らせしていたこともありますが、それ以上に、皆さんが着物を着て出かける理由を一つ増やせたことが、私には何より嬉しい出来事でした。
着物は特別な日にだけ着るものではありません。「今日は着物で出かけてみよう」。そう思える場所が少しずつ増えること。その積み重ねが文化を育てていきます。文化とは作品だけでは残りません。着る人。集まる人。語り合う人。そういう日常の積み重ねによって受け継がれていくものなのだと、今回改めて感じました。
今回、着物でご来場いただいた皆様には、東京2020オリンピックの「KIMONO PROJECT」に携わった際、私たちの工房でデザインした手ぬぐいをプレゼントさせていただきました。作品は完成した瞬間ではなく、使われ、思い出となり、また誰かへ語られていくことで、新しい文化になっていく。そんな願いも込めています。
今回は落語が始まる前に十五分ほど、スライドを使ってお話しする時間をいただきました。内容は、いつもこのホームページで綴らせていただいている話を、ぎゅっと一つに凝縮したような構成です。戦後の工房の話。もともと沖縄の民族衣装であった紅型が、着物という広い世界へどう挑んできたか。そして今の私自身が、インドネシアで学んだ経験や、いろいろな方との出会いの中で、ものづくりに集中できる環境をどう形づくっていくかを考えてきたこと。そうした、これまで百五十以上の記事でお伝えしてきた内容を、十五分という短い時間に詰め込む形になりました。
正直なところ、情報量が多くなりすぎているのではないかという不安もありました。今回ご来場くださった方の中には、着物に対する見識がとても深い方々も多くいらしたからです。それでも、皆さん最後まで真剣な表情で耳を傾けてくださり、とても興味を持って聞いてくださったことに、心から感謝しています。以前は、作品さえ見ていただければ十分だと思っていました。けれど今は、作品が生まれてきた背景や、そこに流れてきた時間も一緒にお伝えすることで、作品への理解が、より深いところまで届くのだと感じています。
終演後、ギャラリーを三十分ほど開放しました。皆さん時間いっぱいまで作品をご覧になり、質問をしたり、感想を伝えてくださったり。その光景を見ながら、作品は飾られて終わりではなく、人との対話の中で完成していくものなのだと感じました。
私たちがこうした文化活動を続けているのは、何かを売るためというより、文化を少しでも長く、次の世代へつないでいきたいという思いからです。その先に、私たちの作品を届けてくださる問屋の皆様や、日頃から応援してくださるお客様、そして文化を支えてくださる多くの方々と、同じ方向を向いて一緒に歩んでいけたら、という願いがあります。
一枚の着物には、技術だけでなく、人が集まり、語り合い、笑い合った時間も染め重ねられていきます。そうして育まれた文化を、これからも皆様とともに未来へつないでいきたいと思っています。
以下 今回使用したスライドです。
























城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
平成24年(2012年)
第47回 西部伝統工芸展 福岡市長賞
平成25年(2013年)
沖展 正会員推挙
平成26年(2014年)
第49回 西部伝統工芸展 奨励賞
城間びんがた工房 十六代継承
平成27年(2015年)
第62回 日本伝統工芸展 新人賞受賞
日本工芸会 正会員推挙
令和3年(2021年)
第56回 西部伝統工芸展 沖縄タイムス社賞
令和4年(2022年)
MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞
令和5年(2023年)
第58回 西部伝統工芸展 西部支部長賞
「ポケモン×工芸展」出展
文化庁「日中韓芸術祭」出展
令和6年(2024年)
文化庁「技を極める」展 出展
令和7年(2025年)
「ポケモン×工芸展」全国巡回展(滋賀・静岡・東京・愛知・青森・長崎)
令和8年(2026年)
国際交流基金に作品が買い上げられる。
同作品は国際文化交流事業の一環として、
世界22か国のジャパンハウスを巡回予定。琉球紅型訪問着「雲を読む」
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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