緑の中へ歩いてみる【家族記憶】

タカツルラン

山を歩くということ

皆さん、こんにちは。

沖縄も少しずつ夏らしくなってきました。

梅雨の戻りのような天気が続く日もありますが、それでも季節は確実に前へ進んでいるようです。

朝になると蝉の声が聞こえ始め、植物たちも一気に勢いを増してきました。

生きものたちが活動を始めるこの季節を、私は毎年楽しみにしています。

先日、少し珍しい体験をする機会がありました。

私のパートナーである城間あずきのご両親と一緒に、山へ自然観察に出かけたのです。

あずきの実家は屋久島にあります。

ご両親は長年、森林や自然に関わる仕事をされており、植物や生きものについてとても詳しい方々です。

一方で私はというと、どちらかと言えば海側の人間です。

小さい頃から海へ行き、魚を見たり、潮だまりで遊んだり、海の生きものに興味を持ちながら育ってきました。

もちろん子どもの頃には虫を追いかけたり、木に登ったりもしましたが、大人になってからは山をゆっくり歩く機会はそれほど多くありませんでした。

結婚して20年近くになりますが、改めて考えると、ご両親と一緒に山の中を歩きながら植物を観察するという経験はほとんどなかったように思います。

今回、沖縄に来られていたタイミングで、

「山も歩いてみない?」

と声をかけていただきました。

ちょうど以前から調査を続けていたランの仲間を見る機会もあるとのことで、ご一緒させていただくことになりました。

向かったのは沖縄本島中部。

私は恥ずかしながら知らなかったのですが、沖縄本島にはちょうどウエストのように細くくびれた場所があります。

地図で見ると、南部と北部をつなぐ首のような部分です。

向かったのは沖縄本島中部にある嶽山原(たきやんばる)という地域でした。

ビオスの丘の近くと言えば、なんとなく場所がイメージしやすいかもしれません。

私は今回初めて知ったのですが、この地域には沖縄本島中南部では珍しく、やんばるの自然を思わせるような森が部分的に残されているそうです。

あずきのご両親は、ここに10年近く調査で通っていたとのことでした。

「せっかくだから一緒に見に行かない?」

そう声をかけていただいたのですが、私の頭に真っ先に浮かんだのは別のことでした。

「今の時期、ハブは大丈夫なんですか?」

山に詳しくない私は、それが一番気になったのです。

すると返ってきた答えは意外なものでした。

「10年間通っているけど、一度も会ったことはないよ。」

本当かなと思いながらも、それなら行ってみようということになりました。

現地へ着くと、想像していた山道とはまったく違いました。

道らしい道はほとんどありません。

草木が生い茂り、一歩先も見えないような場所をかき分けながら進んでいきます。

私は普段、海へ行くことは多いのですが、こういう森の奥へ入る経験はほとんどありません。

正直なところ、最初は少し緊張していました。

ところが歩き始めると、だんだん面白くなってきます。

足元には見たこともない植物があり、見上げれば大きな樹木が空を覆っています。

森の中には、長い年月をかけて倒れた大木がそのまま残されていました。

朽ちた木々は静かに土へと還り、その周りには新しい命が育っています。

腐った木というと少しネガティブな印象がありますが、実際には豊かな森を支える大切な栄養なのだということがよく分かりました。

途中、日本で最も大きなどんぐりをつけると言われるオキナワウラジロガシにも出会うことができました。

樹齢は100年以上。

森の奥を1時間以上歩いてようやく会えるような存在です。

目の前に立つその姿は、ただ大きいというだけではなく、長い時間その場所に立ち続けてきた迫力のようなものを感じました。

また森の中では、不思議な生きものたちにもたくさん出会いました。

中でも印象に残ったのは、一匹のトンボです。

鮮やかな色をまといながら、ひらひらと森の中を舞っています。

その飛び方は、私が知っているトンボとはまったく違いました。

まるで蝶のようにゆっくりと優雅に飛ぶのです。

その姿があまりにも美しく、しばらく見とれてしまいました。

森の中には、写真だけでは伝えきれない風景があります。

湿った空気の匂い。

木々の間を抜ける風。

足元の柔らかな土。

そして静かなようでいて、実はたくさんの生きものたちの気配に満ちている空間。

そこには普段の生活とは違う時間が流れていました。

私はこれまで海に親しんできた人間ですが、その日ばかりは素直に思いました。

「山も面白いな。」

そんな当たり前のことを、改めて感じさせてもらった時間でした。

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タカツルラン

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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