びんがたの制作工程


びんがたの作業道具
① 図案

図案について
〜すべてを決める、最初の一線〜
完成度の高い紅型の図案は、
単なるデザインではありません。
それは、紅型のすべての工程を内包した“設計図”です。
型彫り、糊置き、色差し、隈取り、地染め――
どの工程も、図案の段階ですでに方向づけられています。
だからこそ、図案の制作は最も難易度の高い工程だと言えます。
軽く描かれたスケッチを、紅型らしい図案へと仕上げるには、
感覚だけでは足りません。
この線は、彫れるのか。
この面積は、糊で支えられるのか。
この色の流れは、にごらずに重ねられるのか。
一つひとつを想定しながら、線を引き、余白をつくります。
緻密な計算と、長い年月の中で蓄積された経験。
そして何百枚と染めてきた実感。
その積み重ねの上に、
古典の安定感も、斬新な表現も生まれています。
図案は、自由なようでいて、
実はとても制約の多い世界です。
しかしその制約を理解したうえで描かれた線は、
不思議と伸びやかになります。
制作の過程で修正され、取捨選択されながら完成する図案もあります。
けれど、紅型のあらゆる特性を理解したうえで、
最初の段階で方向が定まっている図案は、
仕上がりの完成度が大きく変わります。
② 型彫り

型彫りについて
〜最初の一線は、何度も生まれ直す〜
通常、型彫りは二枚の型紙を重ねて行います。
紅型では、使用する染料や顔料の強さによっては糊が生地に浸透し、白地を汚してしまうことがあります。そのため糊はやや厚めに置きます。糊をしっかり受け止めるため、私たちは「12番」と呼ばれる厚手の型紙を使用しています。
この紙は強度があります。
しかし扱いは簡単で。
型紙づくりの基本は、二枚重ね。
一枚は予備です。
では三枚ならどうか。
彫ることはできます。
しかし硬すぎるのです。
刃は入りますが、手に強い負担がかかり、長時間続けると手が痛くなります。
力が入りすぎることで、繊細な線の質も変わってしまう。
だからこそ、二枚が最も現実的で、最も美しい線を保てる厚みなのです。
彫り方は「突き彫り」。
刃を前へ押し出しながら、一突き一突き紙を貫いていきます。
時間はかかりますが、この彫り方でなければ紅型特有の緊張感ある線は生まれません。
この段階で、すべてが決まります。
糊の輪郭。
柄送りの精度。
色差しのにじみ方。
線がわずかに揺れれば、その揺れは後工程で増幅されます。
そして、ここからがあまり知られていない話です。
城間びんがた工房では、同じ型紙を何度も彫り変えています。
古典の図案資料は、よく見るとわずかに歪んでいるものがあります。
花の中心が微妙にずれているもの。
意図的に模倣されないよう、少し角度を変えて記録されたと思われるもの。
歴史の中で変形したまま受け継がれている柄もあります。
それをそのまま再現するか。
整えるか。
今の時代の着姿に合わせて再構成するか。
私たちは、何度も彫り変えます。
新作も同じです。
花の位置がほんの少し気になる。
着物として着装したときに流れが重い。
全体の呼吸が整わない。
その場合、彫り変えます。
代表的な作品でも、五回、六回と彫り変えているものは珍しくありません。
型紙は一度彫れば終わりではありません。
③ 型置き

この工程は、作品の最終的な完成度を大きく左右する、極めて重要な工程です。
柄のズレや潰れは、この段階で決まります。
一度生じたわずかな歪みは、その後の工程では取り戻すことができません。
だからこそこの工程は、単なる作業ではなく、
作品の精度と思想を一致させる時間でもあります。
まず最も重要になるのが、使用する糊の調合です。
糊は単なる材料ではなく、
型と生地、そして人の手をつなぐ媒介です。
その調合は、ほんのわずかな違いでも工程全体に影響を及ぼします。
硬さ、粘度、水分量——そのすべてが、後の仕上がりに直結します。
さらに糊は、一回目の水元まで生地に付着し続け、
時間とともに変化し、腐食のリスクも伴います。
そのため、湿度や気温といった外気の状態を読み取りながら、
工程全体の進行を見据えて判断する必要があります。
ここでは「今」だけではなく、
この後に流れていく時間までも含めて設計する力が求められます。
糊を置く前には、生地を型板に正確に張る工程があります。
この段階でわずかな歪みがあれば、
それはそのまま柄全体へと伝わっていきます。
生地の繊維、特に横糸の流れを感じ取りながら、
まっすぐに整え、張る。
それは技術であると同時に、
素材と静かに対話する行為でもあります。
また、反物で上下のある柄を扱う場合には、
事前にしみ打ちを行い、その後に型を置いていきます。
型の上から均一に糊を置くためには、
ヘラの動き、力加減、そのすべてに細やかな意識が必要です。
ここで重要になるのが、糊の状態だけでなく、
型紙そのものの性質を見極める力です。
実はあまり知られていないことですが、
型紙はすべて人の手で彫られています。
そのため一枚一枚に、必ず“癖”が存在します。
私たちの工房には、戦後から祖父の代にかけて彫られてきた型紙が数多く残されています。
戦前の型紙は戦争によって焼失し、工房には残っていません。
現在、戦前の型紙の多くは県外で保管されていたものが、
沖縄県立芸術大学や沖縄県立博物館などに収蔵されています。
つまり私たちが日々向き合っているのは、
戦後に復興の中で生まれた型紙であり、
その一枚一枚に、職人たちの手の記憶が刻まれています。
これまで工房には、型彫りを専門とする職人が十数名以上在籍してきました。
そのため型紙は、それぞれに精度も違えば、癖も異なります。
あるものは右へとわずかに歪み、
あるものは左へと流れる。
その差は、髪の毛一本ほどの微細なものです。
しかしそのわずかなズレを見逃せば、
全体の柄に影響が広がっていきます。
だからこそ必要なのは、
歪みを感じ取る感覚と、
それを即座に補正する技術です。
例えば右へ流れる癖を持つ型であれば、
次のリピートでわずかに左を持ち上げて置くことで、全体のバランスを整えていきます。
こうした調整は、理屈だけではなく、
長い時間の中で身体に刻まれた感覚によって支えられています。
糊が硬すぎれば柄は潰れ、
柔らかすぎれば精度を保つことができない。
この工程は、
材料・環境・技術・時間・記憶・感覚
そのすべてを同時に扱う、総合的な判断の場です。
紅型の仕事は、一つひとつの工程が独立しているのではなく、
すべてが連続し、互いに影響し合っています。
この工程は、その中でも特に
見えないところで作品の質を決定づける場所です。
だからこそ、焦らず、丁寧に。
時間を読み、環境を感じ取り、
積み重ねてきた感覚を信じながら、
静かに、確実に、次の工程へとつないでいきます。
④ 豆引き

豆汁(ごじる)について
〜色を裏まで通すための設計〜
型置きを終えた生地に、私たちは「豆汁(ごじる)」を引きます。
大豆から作る液体で、引き染めでいう“地入れ”に近い工程です。
この豆汁によって、生地にタンパク質が付着し、
その後に刺す顔料が安定して定着する土台が整います。
しかし、私たちにとって本当に重要なのは、
「顔料を裏まで通すための準備」であるという点です。
紅型をご覧になる機会があれば、ぜひ裏側も見てください。
理想は、
裏までしっかり色が通っているのに、にじんでいない状態。
それを可能にしているのが、この豆汁の設計です。
濃度は毎回調整します。
薄ければ色は裏まで届かず、
濃すぎれば生地が詰まり、発色が重くなります。
さらに、助剤の配合も重要です。
助剤の量によって、
顔料の入り方、広がり方、定着の安定性が変わります。
わずかな違いが、
最終的な色の深みや透明感に直結します。
そして難しいのは、
同じように見える生地でも、まったく同じ条件ではないということです。
織りの密度。
糸の撚り。
その日の湿度や温度。
ほんの少しの違いが、
顔料の入り方を変えてしまいます。
だから私たちは、豆汁を作り置きしません。
その日の生地を見て、
その日の空気を感じて、
その都度調合を変えます。
もし違和感があれば、
ベテランの職人の意見を聞きながら再調整します。
22人が再現性を持って制作を続けるためには、
こうした細部のすり合わせが欠かせません。
たっぷりと顔料を含みながらも、にじまない。
裏まで通っているのに、軽やかで、
表から見たときには、すっきりとした輪郭と、厚みのある色が同時に立ち上がる。
その発色は、この段階でほぼ決まります。
豆汁は目立たない工程かもしれません。
しかしここでの設計が、
紅型の色の質を支えています。
⑤ 色挿し

色挿しには、鉱物性の顔料を微粒子化させた物を使用します。基本となるいくつかの微粒子化させた顔料を組み合わせ、様々な色を出します。
その色を豆汁で溶き濃度等を調整します。豆汁で溶く為作ったその色は、もって2日です。大豆が植物性の物なので、日が経つと腐ってしまいます。その為、色を作った今日明日で塗り終える量を計算しながら作る必要があります。
そのような理由で同じ柄の作品でも、全く同じ色目はあり得ません。すべてが一点ものと言えます。そうして出来た色を2本の筆を駆使しながら配色していきます。
1本は塗り筆、もう一つは擦り筆です。
塗り筆で柄に色を着け、その直後にならすように擦り筆で擦ります。擦る理由は、顔料を生地の奥深くまで浸透させる為です。
色の着け具合、擦り具合によって色目が変わるため、1色は大体1人でこなします。誰でも出来そうな工程ですが、次の隈取りや、糊伏せまで考えながらの工程なので、実に奥深い工程です。この時点でぼかす技法もあり、熟練の技を要します。
⑥ 隈取り

色挿しが 終わった柄に、立体感をつける為にぼかしを入れて行く作業です。習字の筆で色挿しの際の色より若干濃いめの色をつけ、それを手作りの筆で擦りながらぼかして行きます。
このぼかし筆は、人毛から作られた物です。( 若い女性の髪の毛が良いとされています。)動物の毛だと堅すぎて上手くぼかすことが不可能で、色が摩擦によって意図したものにならない危険性もあるからです。
⑦ 蒸し 1回目

生地を蒸す工程は、隈取りが終わった後と、地染めが終わった後に行います。隈取り後に蒸すのは、挿された顔料をより生地の奥まで浸透させる為に行います。
この工程により、昔の紅型よりは柄色の落ちが少なくなりました。地染め後の蒸し工程も同様に、地色を定着させる為の作業です。
写真の蒸箱も全て手仕事。帯で最大4本。着物だと1本づつしか蒸せません。写真には映っていませんが、この左側にボイラーがあり、ボイラーにより熱せられた水に圧力をかけて霧状になった水蒸気で蒸箱内を100度以上にします。
蒸し時間、圧力等の加減次第では地染めがムラになりやすく、相当気を使う工程の一つです。
⑧ 水元 1回目

糊のついた生地を、水に浸してその糊をふやかし、生地と生地がこすれないように、ゆっくりと時間かけて慎重に糊を落としていきます。
この時に糊をちゃんと取っておかないと、次の工程の地染めの際に、地色がムラになったりしてしまいます。
京都の「友禅流し」などと同じ工程です。
⑨ 糊ふせ

最初に型で置いた糊をキレイに落とし、真っ白な地を染める前に、柄部分や、この後の工程である地染めで染めたくない所を、糊でしっかりと伏せて行きます。
この際に糊が柄からはみ出したり、また少し足りなかったりすると、地を汚してしまったり、柄を汚す事になる為、非常に神経を使う作業の一つです。
⑩ 地染め

糊ふせの糊が、完全に乾いた後に刷毛(ハケ)で全体に色をひいていきます。この際は大きな刷毛を使用します。(引染め)
全体的にムラの出ないよう、均一に細心の注意を払って染め上げます。地染めが終わるともう一度蒸し、水洗して仕上がりとなります。
⑪ 蒸し 2回目

地染め完了後、今度は地染めの染料を定着させるため、さらに蒸し器にかけます。ここでも、40分から1時間くらい蒸して、乾燥させます。
⑫ 水元 2回目

蒸し終了後、再度仕上げの水元を行い、柄部分を伏せている糊を落として完成です。