フウリンブッソウゲの咲く庭で【工房時間】

立冬を過ぎても、首里の昼間はまだ暖かく、半袖で庭に出られる日があります。

城間びんがた工房の庭では、今もフウリンブッソウゲが咲いています。

フウリンブッソウゲは、ハイビスカスの仲間です。けれど、よく見かけるハイビスカスとは、姿がずいぶん違います。花びらは深く裂けて、くるりと反り返り、その真ん中からは、長い蕊(しべ)の柱が、すっと垂れ下がっています。風が吹くと、枝先で小さく揺れる。その姿が風鈴に似ているところから、「風鈴仏桑華」という名前がついたと聞きます。

近くでよく見ると、花のつくりはもっと不思議です。裂けた花びらは、まるで切り絵のように細く分かれ、赤い色の中に、わずかに橙(だいだい)の光を含んでいます。垂れ下がった蕊の先には、黄色い花粉を付けた葯(やく)が並び、花のいちばん下で揺れています。つぼみは固く小さく、あの派手な広がりがこの中に入っているとは、開くまでは信じられないほどです。

そして、この花は一日花です。朝に開いて、夕方には力を使い果たし、翌日には枝の下に落ちている。一つの花の命は、一日しかありません。けれど株そのものは次々と新しいつぼみを付けますから、季節のあいだ、花は絶えることがありません。一日の命と、季節の長さ。その両方を、この花は私たちに見せてくれます。

朝の光の中で見る花と、夕方の光の中で見る花とでは、色の深さが違います。朝の花は、赤がいちばん澄んでいて、裂けた花びらの先まで力が満ちています。昼を過ぎると少しずつ色が和らぎ、夕方には、どこか眠るような静けさを帯びてきます。同じ一輪の変化を、一日の中で追えること。それも、この花の贅沢なところです。

首里の冬は、本土の冬とは違います。北風の強い日もありますが、陽の当たる庭先では、12月に入っても花が開くことがあります。季節感の薄い南の冬の中で、この花は「まだ暖かさが残っている」ことを教えてくれる、庭の温度計のような存在でもあります。

派手な花ではありません。どちらかと言えば、静かな花です。通り過ぎてしまえば、見逃してしまう。けれど一度目に留まると、その不思議な形の奥に、長く見入ってしまいます。

朝、工房に着くと、私はまず庭を見ます。昨日の花が落ちて、新しいつぼみが膨らんでいて、誰かが水をやった跡がある。庭は、工房のいちばん正直な場所かもしれません。人より先に、季節を教えてくれます。

この庭で、職人たちは毎日、行き来しています。染めた布を干しに来る人、昼休みに腰を下ろす人、来客を迎えに表へ出る人。布を干す庭の風は、仕事の調子まで左右します。風の強い日は布が泳ぎ、穏やかな日は、染めたばかりの色がゆっくりと乾いていく。その全員のそばで、フウリンブッソウゲは、季節のあいだ、ずっと咲いています。

この花は、私にとって、父の花でもあります。

十五代・城間栄順である父の代表作のいくつかには、このフウリンブッソウゲが入っています。父がこの花を柄に取り上げた気持ちは、今なら少し分かる気がします。紅型の柄にするには、この花は少しばかり難しい花です。花びらの裂け方、垂れ下がる蕊の線、そのまま写せば野暮になり、崩しすぎれば何の花か分からなくなる。写実と省略のあいだで、描く人の判断が問われる花なのだと思います。

父は、題材にする花を、よく庭で眺めていたように思います。描く前の時間のほうが、描く時間より長い。それは私が工房で育つ中で、父の背中から覚えたことの一つです。父の柄のフウリンブッソウゲが、どこか悠々として見えるのは、急いで写し取らなかったからかもしれません。花の都合に合わせて待つ。職人の仕事は、自然の時間に自分を合わせることから始まるのだと、今になって教え直されている気がします。

花を柄にするとき、まず行うのは、見ることです。実物の前に立ち、どこにこの花の「らしさ」があるのかを探ります。フウリンブッソウゲなら、裂けて反る花びらの勢いと、垂れ下がる蕊の静かな線。その二つがあれば、細部を省いても花は花として立ちます。逆に言えば、その二つを外せば、どんなに細かく描いても、この花にはならない。柄づくりとは、描くことと同じくらい、捨てることなのだと、私はこの花を見て思います。

工房では、この花をモチーフにした柄を、これまでたくさん作ってきました。着物の裾に大きく置いたものもあれば、小紋のように細かく散らしたものもあり、帯の上で風に揺れるように配したものもありました。同じ花を見ても、描く時代、描く人によって、柄はずいぶん変わります。それでも、庭で揺れる実物の姿を知っているかどうかで、線の置き方は変わってくる。私はそう思っています。

工房には、古い型紙も残されています。時折それを広げて、先代たちのフウリンブッソウゲと向き合う時間があります。彫りの線は、今の私たちより大胆なところもあれば、思いがけず繊細なところもある。型紙は、ただの道具であると同時に、描いた人の判断の記録です。「ここを残して、ここを捨てた」という決断が、線の一本一本に残っている。新しい柄を考えるとき、私はまず、その記録に耳を澄ますところから始めます。受け継ぐというのは、形を真似ることではなく、判断の仕方を受け取ることなのかもしれません。

色の置き方も、この花ならではの難しさがあります。実物の赤は、光を受けて橙へ抜けていく、奥行きのある赤です。限られた色数の中でその奥行きを出すには、花びらの内側と外側で色の強さを変え、隣に置く葉の緑で赤を引き立てる。葉の形も、実物そのままでは花に負けてしまう。柄の中では、花と葉の力関係を、描く側が決めなければなりません。地色が変われば、同じ柄でも花の表情は一変します。白地では涼しく、藍の地では夜の花のように沈んで見える。その違いを試すことも、この題材の楽しみの一つです。

思えば、紅型の柄はいつも、暮らしのそばにある花や実や生き物でした。芭蕉、パパイヤ、オオゴチョウ、デイゴ。南の島で目にし、手で触れ、季節ごとに姿を変えるものたちです。フウリンブッソウゲも、もともとは遠い土地から来た花だと聞きます。「仏桑華」という字にも、海を渡ってきた植物の旅の跡が残っている気がします。それが沖縄の庭に根づき、いつの間にか首里の風景の一部になり、そして布の上にまで上がってきた。文化というのは、きっとそういうふうに、静かに土地に馴染んでいくものなのでしょう。

首里を歩くと、この花は、ほかの庭でもよく見かけます。石垣の上に枝を伸ばしている家、門の脇で揺れている家。誰かが挿し木を分け、分けられた先で根づいて、町の中にこの花の点々が広がっていったのでしょう。工房の庭の一株も、その連なりのどこかにいます。花は人の手を借りて旅をし、町はそうやって、少しずつ同じ色を共有していく。布の柄になる前の、この花のそういう暮らしぶりも、私は好きです。

最近の工房は、秋の深まりとともに、年内の制作を一つひとつ仕上げていく時期に入っています。庭の花が代替わりするように、工房の中でも、長く働いてきた職人の仕事を、次の職人が受け取り、覚えていく。そういう静かな受け渡しが、日々の中で進んでいます。表から見れば変わらない工房でも、中では少しずつ、しかし確かに、季節が移っています。

朝の短い時間、庭に立つと、職人同士の会話も自然と花の話になります。「昨日より開いたね」「あの枝は来年、剪定が要るね」。仕事の話ではない、そういう何気ない言葉の積み重ねが、工房の空気を作っているのだと思います。長くこの庭を見てきた職人の目と、入ったばかりの若い職人の目では、同じ花でも見えているものが違う。その違いが混ざり合う場所に、工房らしい時間が流れています。

その中で、私自身は、あらためて「描くこと」に時間を使いたいと考えています。若い頃のように、アイディアが次々と湧いてくる毎日を取り戻したい。その手始めとして、私はこのフウリンブッソウゲを、自分の題材として取り上げてみようと思っています。

父の柄をなぞるのではありません。父は父の目でこの花を見ました。私には私の目があります。四十代の終わりに見る風鈴のような花は、若い頃に見た姿とは、きっと違って見えるはずです。あの頃なら、花の勢いのほうに目が行ったかもしれません。今の私が惹かれるのは、夕方、落ちる前の花の静けさです。その違いを、そのまま布の上に置いてみたい。それが、十六代としての私の、ささやかな挑戦です。

来年、花がいちばん多く咲く季節に合わせて、私は下絵を描き始めようと思っています。まずは庭で、一輪の花と一日、付き合ってみることから。朝の姿、昼の姿、夕方の姿を、それぞれ紙に留めてみる。その上で、残す線と捨てる線を決めていく。急ぐ必要はありません。花のほうは、毎年、同じ季節に帰ってきてくれるのですから。何年かかけてでも、この花の柄を自分のものにしたい。それが、年を重ねた今の私にとって、ちょうど良い大きさの目標だと思っています。

花は、来年も咲くでしょう。再来年も、その次も。私たちが仕事を続けている限り、庭のフウリンブッソウゲは、工房の朝を見守ってくれるはずです。その花を柄に写し取る仕事を、次の世代にも手渡していけたらと思います。一日の花の命と、季節を越えていく株の命。その両方を布に宿すことができたら、紅型はまた一つ、深くなる気がします。

今日も庭では、風に揺れる小さな花が咲いています。その下を通って、私は工房へ入ります。一日の仕事の始まりに、一日の命の花と顔を合わせる。その何気ない繰り返しの中に、作り手としての時間の使い方が、静かに整えられていく気がしています。

紅型に宿る物語を、これからも一緒に見守っていただければ嬉しく思います。

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