「呉汁」と鉱物の魔法で生まれる南海の輝き
2025.05.07
おはようございます。きょうも紅型に目を留めてくださり、心からありがとうございます。遠く離れた場所からでも、布の向こう側に広がる琉球の風や光を感じ取ろうとしてくださる皆さんの好奇心が、私たちの毎日の手仕事に確かなエネルギーを注いでくれています。
今回は「色差し(いろさし)」のことを少し深くお話ししたくて、工房で染め上げた4点の布を写真に添えました。ひとつは王朝時代の意匠をそのまま写した古典柄、ひとつは私たち作家が今の感覚で描いた創作柄、そしてもう一つは古典の図案を現代の色で再解釈した布――どの布にも、三百年前と変わらぬ工程が脈々と息づいています。ときどき県外から文化好きの方がふらりと訪れるのですが、作業風景をご覧になると「本当に全部手で染めているんですね!」と目を丸くされます。確かに、効率や合理性を問われがちな時代に、祖父の代よりずっと昔と変わらぬリズムで染め続けるのは決して楽ではありません。それでも私たちが顔料と筆にこだわるのは、紅型の核心がそこにあると信じているからです。




紅型でいちばん大事なのは色――その鮮やかさを生むのが顔料染めです。鉱物や土を細かい粉にし、大豆をすりつぶした「呉汁(ごじる)」で溶いてから、片手に二本の筆を握って布に摺り込んでいきます。一本の筆で色を置き、もう一本で刷り込む。その動きを朝から夕方まで絶え間なく繰り返すことで、顔料はようやく布に定着します。繊維に浸み込まず表面に残る顔料は、陽の光を正面から受け止めて鮮烈な輝きを放ちますが、そのぶん布は少しだけ硬くなる。衣類としては決して扱いやすいわけではありません。それでも王族や士族が身にまとってきたのは、太陽の子と呼ばれた琉球国王の威光を、強い日差しの下でいっそう際立たせるためだったのでしょう。青い海と白い珊瑚に囲まれたこの島で、太陽に負けない色を発するために選ばれた技法――そう思うと、顔料の鮮やかさには島の歴史そのものが宿っている気がします。




私は工房の代表でありながら、日々は型紙を彫り、図案を描く担当です。だから Instagram やコラムに登場するのは、彫刻刀や型紙ばかりで、色差しの様子はつい後回しになりがちですが、本当はどんな図案も、最後に布を決定づけるのは色の力です。同じ図案でも、すべてを群青だけで染めれば静かな深海の布に変わり、紅一色なら燃える夕焼けのように見えるでしょう。色は言葉より雄弁に感情を伝え、布の物語を一瞬で決めてしまいます。その重みを分かっているからこそ、私たちは効率よりも筆の手応えを選び、顔料の輝きを守り抜いてきました。
きょう載せた4枚の布の間を、もし目で往復してもらえたなら、色が持つ力の違いを感じていただけるはずです。華やかな花鳥の模様が南国の陽光を抱きしめるように浮かび上がる布、現代のモダンな色使いで再誕した古典――それぞれが異なる声で語りかけてきます。「色でこんなにも世界が変わるんだ」と思っていただけたなら、紅型の魅力の半分はもう届いたも同然です。
紅型が日本の文化の一角として、そして世界に向けても誇れる手仕事として輝き続けるよう、私たちは今日も顔料をすり、筆を取り、布に息を吹き込みます。これからも温かく見守ってください。皆さんの好奇心こそ、私たちを前へ押し出してくれるいちばんの力です。


公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。