「サガリバナと紅型――自然が導く創作の日々」

琉球に生きる「チャンプルー」の美学

――紅型と沖縄の自然、そして私たちの創作について――

こんにちは。城間びんがた工房の城間です。
いつも当工房の公式ホームページやSNSをご覧いただき、本当にありがとうございます。
皆さまのご関心やご声援が、私たちの紅型作りへの日々の挑戦と探究心を支える大きな力になっています。

さて、今回は沖縄の文化や紅型の魅力について、改めて私自身が日々感じていることをお伝えしたいと思います。
最近はイベントのお知らせや工房の日常、Instagramなどでもいろいろなエピソードを発信していますが、
今回は少しだけ深呼吸をして、琉球の文化的な背景、沖縄の自然、そして私が今も向き合い続けている紅型の「個性」と「創作の悩み」について、じっくり書いてみたいと思います。


琉球――東と南と西、そして日本の“交差点”

まず、沖縄――琉球という土地の不思議さ、面白さについて。
ご存知の方も多いと思いますが、琉球王国時代から、沖縄は日本と中国、東南アジアを結ぶ“海の交差点”でした。
日本列島の最南端に位置し、南の海風に包まれたこの島々には、遥か中国大陸の気配も、東南アジアの熱気も、
そして日本の伝統的な生活文化も、絶妙なバランスで混じり合っています。

沖縄を旅したことのある方は、伝統的な家の屋根瓦や、食卓に並ぶゴーヤーチャンプルー、あるいは市場の魚や果物の豊富さ、
そして祭りの音楽や踊り、染織の色彩の中に、「あ、なんだか他の日本の土地とは違うな」という感覚を持たれるかもしれません。
それはまさに、数百年にわたって沖縄がさまざまな異文化と出会い、時には受け入れ、時には独自に変化させてきた“チャンプルー(混ぜこぜ)”の精神が生きている証だと私は思います。

沖縄の人々には、「いいものは取り入れて、うまく混ぜて、自分たち流にしてしまう」という独特の懐の深さがあります。
食文化、建築、言葉、そして工芸――そのすべてが、絶妙なブレンドの上に成り立っています。


紅型――ひと目で「沖縄」と分かる不思議な個性

そんな琉球の“チャンプルー文化”の中でも、紅型(びんがた)はまさにその象徴と言える存在かもしれません。
私自身、小さな頃から工房の仕事場で紅型に囲まれて育ちました。
大人になって、県外や海外の方とお話しするようになると、しばしば「紅型はひと目で“沖縄のもの”だと分かる」「個性的ですね」と言われることがあります。

面白いのは、紅型という染色は中国的な雰囲気や、東南アジアの文様的な要素もあれば、日本的な形や配色も同居しています。
なのに、なぜか“沖縄らしさ”がちゃんと前面に出ている。
その最大の理由の一つは、色彩にあると思います。紅型には沖縄の自然そのもの――さんさんと降り注ぐ太陽、コバルトブルーの海、鮮やかな熱帯の花々――そんな景色から抽出したような原色が多く使われています。
ただ、ここ数年は淡いトーンやパステルカラー、控えめなグラデーションも多く取り入れられるようになりました。
それでも、どこか「紅型らしさ」がしっかりと残るのは、工程や材料、そして作り手の心持ちが生きているからかもしれません。

紅入藍型 「月桃とかたばみ」

紅型の個性は「作り手の顔」

不思議なことに、同じ紅型であっても、工房や作家によって“顔”がまったく異なります。
以前、首里の町を歩いていた時、父の紅型を着ていた方が「それ、城間さんの紅型ですよね?」と声をかけられたという話がありました。
つまり、同じ伝統技法であっても、どこかに「作り手の個性」が強く出るのが、紅型の大きな特徴なのです。

その理由は、工程の多さや複雑さにあると思います。
図案を描き、型紙を彫り、糊を置き、顔料を重ね、何度も洗い、仕上げる――そのすべての段階に、作り手の性格やこだわり、
時には迷いや悩みまでもが染み込んでいきます。
紅型の表情は、人の表情と同じくらい多様で、それぞれの人生や工房の歴史がにじんでいるように思います。


沖縄の自然は、永遠のインスピレーション

さて、紅型の図案を考える時、沖縄の自然は無限のモチーフの宝庫です。
南国ならではの色鮮やかな植物、雨に洗われた海や空、夏の盛りに咲き誇る花たち――。
私たち作家は、いつもその豊かな風景や季節の移ろいに目を凝らし、心を奪われます。

今回紹介したいのは「沢藤」――沖縄では「サガリバナ」と呼ばれる花です。
サガリバナは、初夏から夏の夜明け前にかけて咲き、白やピンクのふわりとした花が房状に垂れ下がる不思議な花です。
その儚さ、美しさ、生命力の強さは、私たちにとってとても印象深い存在です。

西原町や那覇新都心、首里の周辺にもサガリバナの名所があり、夏の夜や早朝にしか出会えない幻想的な風景が広がります。
私自身、サガリバナの花を紅型の図案に取り入れたいと長く思い続けてきました。

那覇市新都心のサガリバナ

創作の悩みと「図案にする」ということ

しかし、サガリバナを図案として形にするのは、実はとても難しい作業です。
花の柔らかさ、夜明けの光の中で漂うような生命感――
それを紙の上に線で表現し、さらに型紙に彫り起こし、染色という工程で色彩に昇華させていく…。

頭の中にはイメージが浮かぶのに、実際に型紙を彫り始めると、どうしても納得のいく形にならない。
花の房の揺れや、朝露に濡れる花弁の透明感など、“あの一瞬”の空気を閉じ込めたいと思いながら、何度も描き直し、彫り直し、試行錯誤の日々が続きます。

「なぜこんなにも悩むのだろう?」
――実は、これも紅型という工芸の魅力のひとつだと思っています。
作り手が自然や人生と真剣に向き合うことでしか、生まれない表現がある。
だからこそ、同じ“サガリバナ”でも、作り手によって、あるいは同じ作家でも、その時々でまったく違う表情が生まれるのです。


伝統は“変わり続けること”の積み重ね

紅型は、数百年の歴史の中で、材料や技法はもちろん、色や図案も時代ごとに少しずつ変化してきました。
今も、淡いパステルカラーや新しいモチーフ、現代の暮らしに合ったデザインが少しずつ増えています。
けれども「びんがたらしさ」は、きっと変化と蓄積の中にこそ生き続けている――私はそう信じています。

時には悩み、迷い、うまくいかないこともたくさんある。
でも、沖縄の自然や人々の暮らし、その時々の空気を感じ、心を揺さぶられながらものづくりに向き合う。
その積み重ねが、いつしか「紅型らしさ」という唯一無二の個性になっていくのだと、今は思えるようになりました。


おわりに

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
沖縄は、今も昔も「何でもチャンプルーしてしまう」不思議な土地です。
けれど、それがただ混ぜるだけでなく、そこから新しい個性、生命力、そして美しさが生まれる場所でもあります。

紅型もまた、作り手や時代の空気、自然の息吹――さまざまなものが混じり合いながら、
今日も新しい表情を見せてくれる工芸です。

もし皆さまが沖縄や紅型に興味を持ってくださったなら、ぜひ実物に触れ、島の空気を感じ、作り手の言葉にも耳を傾けてみてください。
きっと、そこにしかない「琉球の美」が見つかると思います。

これからも城間びんがた工房は、沖縄とともに歩みながら、日々の創作に悩み、挑戦を続けていきます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。

紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。

城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。

学歴・海外研修

  • 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
  • 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。

受賞・展覧会歴

  • 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
  • 平成25年:沖展 正会員に推挙
  • 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
  • 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
  • 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
  • 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
  • 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞

主な出展

  • 「ポケモン工芸展」に出展
  • 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
  • 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展

現在の役職・活動

  • 城間びんがた工房 十六代 代表
  • 日本工芸会 正会員
  • 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
  • 沖縄県立芸術大学 非常勤講師

プロフィール概要

はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。

これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。

私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。

20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。

最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。

メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。