「ヤンバルマンダラ ― 命がめぐる森の物語」
2025.08.20
皆さん、こんにちは。
紅型を通じて琉球文化を伝え続けられることに、心より感謝申し上げます。皆さんの関心や好奇心こそが、私たちの挑戦を支える原動力になっています。
私たち城間家は、沖縄で紅型という伝統工芸を300年にわたり受け継いできた工房です。私は16代目として12年前に家業を引き継ぎ、現在は20名の職人たちと共に、日々ものづくりに向き合っています。
琉球王国時代、城間家の職人たちは王へ献上する作品を仕上げるため、互いに技を磨き合い、ひとつの布に心血を注いできました。その精神は今も変わらず、一つの作品には多くの職人の手と経験が関わり合い、積み重ねによって高い精度のものが生まれています。
とはいえ、工房の中心に立つ私が最初に生み出す作品は、流れの起点として非常に大きな意味を持ちます。今回のコラムでは、その思いや背景について皆さまにお伝えしたいと思います。
はじめに ― ヤンバルという場所
沖縄本島北部には「山原(やんばる)」と呼ばれる森があります。深い緑が広がり、固有の動植物が数多く生息するこの地域は、2021年にユネスコ世界自然遺産にも登録されました。沖縄の自然の宝庫として知られるヤンバルは、今も多くの人にとって憧れと学びの場です。私自身も幼少期から何度も足を運び、自然と触れ合う時間を心に刻んできました。
クワガタと森の循環
この森に生息する代表的な生き物のひとつに「沖縄マルバネクワガタ」がいます。力強く美しい姿を持つこのクワガタは、実はある特別な木がなければ生きていけません。それが「沖縄ウラジロガシ」という、日本最大級のドングリを実らせる木です。森の巨木と昆虫の命は切り離せない関係にあり、木がなければクワガタの繁殖はできず、またクワガタの存在は森の生態系に影響を与えます。
この命の循環のつながりをテーマに制作したのが、本作「ヤンバルマンダラ」です。
幼少期の思い出と憧れ
私は沖縄県南部・那覇市で幼少期を過ごしました。当時の那覇は都市化が進み、昆虫やクワガタを見かけることはほとんどありませんでした。けれど休日になると、忙しい染色の仕事をしていた両親が時間をつくり、家族でヤンバルの森に連れて行ってくれました。森に入ると、那覇では見られないクワガタやカブトムシ、珍しい鳥たちがすぐ身近にいて、子供心に大きな驚きと感動を与えてくれたのを覚えています。
北部の祭りに出かけると、地域の子供たちが帽子の裏側にクワガタを貼り付け、友達同士で見せ合っている姿にも出会いました。その光景を見たときの羨望と憧れは、今も鮮明に心に残っています。
森と文化を結ぶ視点
ヤンバルは自然だけでなく、文化とも深く結びついた土地です。たとえば芭蕉布の産地として知られる喜如嘉(きじょか)もこの地域にあります。自然素材を糸に変え、織り上げていく芭蕉布の営みは、森と人との共生を体現する文化のひとつです。私は、自然と工芸、命と暮らしがつながり合っているこの地域の姿に強く惹かれます。
「ヤンバルマンダラ」という作品名には、森の生命の多様性が幾重にも重なり、ひとつの大きな循環を描いているという思いを込めました。マンダラのように広がる自然のリズムを、クワガタとウラジロガシの関係性を通じて表現しています。
制作への思い
作品を染め上げる過程で心に浮かんだのは、「命はひとつだけで完結するものではない」ということでした。木と虫、森と人、過去と未来――それぞれの関わり合いがあって初めて、ひとつの物語が紡がれていきます。
また、ヤンバルでの個人的な体験もこの作品に重なっています。子供の頃に感じた憧れや羨ましさ、森で出会った生き物たちへの驚き、それらの記憶が染料に溶け込み、布の中に息づいています。
おわりに
「ヤンバルマンダラ」は、自然の循環と命のつながりを染めで表現した作品です。ユネスコ世界自然遺産に登録されたヤンバルの森が、ただの観光地ではなく、未来へと受け継ぐべき宝物であることを改めて感じていただけたら幸いです。
私にとっても、家族との思い出や子供心の憧れが重なった大切な一作となりました。ヤンバルの森が持つ奥深さと、そこに生きる命の輝きを、ぜひ作品を通して感じ取っていただければと思います。



公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。