島の外を見る【工房時間】
2026.03.08
北の森で灯った火
― 首里から世界を見て、再び首里へ ―
紅型を通して琉球文化に触れてくださっている皆さまへ。
あなたが一枚の布を見て、
「きれいだな」と立ち止まる。
「なんだか惹かれる」と感じる。
その一瞬が、私たちの工房を前に進めています。
今日は、10年前のある旅の話と、
そこから生まれた“次の挑戦”について書きたいと思います。
迷いの中で握っていた染料
工房を引き継いだばかりの頃。
私は毎日、染め場に立ちながらも、
心は揺れていました。
祖父の時代から約20名の職人が働き続けてきた工房。
父は戦後の混乱の中で注文を取り、技術を守り、
この場所を必死につないできました。
私はその“続き”を託された。
けれど、正直に言えば——
技術もまだ途上。
経営も手探り。
売上の数字を見るたびに、責任の重さを感じる。
夜遅く、染料の匂いが残る工房で一人になると、
問いが押し寄せてきました。
「何のために続けるのか」
稼がなければならない。
でも、稼ぐため“だけ”の仕事ではない。
では、何のために?
北の森で見た“時間の強さ”
そんなとき、比嘉さんから電話がありました。
「外を見てこい。」
私は北欧へ向かいました。
フィンランドの朝。
低い太陽。
森の奥から立ちのぼる霧。
湖面に映る静かな空。
派手さはない。
けれど、圧倒的に整っている。
それは“時間”が整っているということでした。
何百年も厳しい冬を越えながら、
暮らしの中に美を育ててきた人たち。
その空気の中で、私ははじめて深呼吸をしました。
そして思ったのです。
この景色を、工房のみんなと見てみたい。
ただ私が見るのではなく、
職人一人ひとりが、
この世界の空気を吸ったらどうなるのだろう。













琉球もまた、交差点だった
琉球も、小さな国でした。
中国、日本、東南アジア。
さまざまな文化が行き交う交差点。
けれど琉球は、ただ受け入れたのではない。
染め直した。
取り入れ、混ぜ、
沖縄らしく再編集してきた。
紅型は、その象徴です。
北欧の森を歩きながら、
私は確信しました。
文化は、守るだけでは乾く。
閉じれば、細くなる。
でも、世界を見て、
もう一度自分たちの土地に立ち返るとき、
文化は強くなる。
10年前の小さな決意
あのとき私は、まだ理念も掲げていませんでした。
けれど胸の奥に、
ひとつの火が灯りました。
いつか、工房のみんなで世界を見たい。
同じ景色を見て、
同じ空気を吸い、
同じ衝撃を受ける。
そして、その体験を持って
もう一度、首里の工房に立つ。
世界を見た職人が、
首里の光の下で染めるとき、
どんな色が生まれるのだろう。
どんな図案が立ち上がるのだろう。
どんな言葉が交わされるのだろう。
それはきっと、
“外へ広がる”のではなく、
“内側が深くなる”という変化。
けれど、
そんな未来もあるのではないかと、
最近ふと感じることがあります。
紅型は、過去の遺産ではありません。
いまも進化の途中です。
世界を見たあとに、
もう一度この島に立つ。
その往復運動の中で、
紅型はきっと、
これまでとは少し違う表情を見せるのかもしれません。
世界を見て地域的に取り組む。
まだ静かな予感です。
けれど、北の森で灯ったあの小さな火は、
いまも消えずに、
ゆっくりと揺れ続けています。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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