沖縄の風景が布になる瞬間
2025.09.18
「琉花音(りゅうかおん)」
1. 空に咲く花を見上げて
夏の沖縄の空に、朱色の花がぽつぽつと咲いている木があります。
子どものころ、北部へ向かうドライブの道すがら、その木をよく見上げました。
背の小さかった私は、ただ首をぐっと上に向けるしかなくて。
赤い花の向こうに広がる青い空を、じっと見ていたのを覚えています。
特別なことではなく、ただの風景でした。
けれども、なぜか胸の奥がふっと軽くなるような、不思議な気持ちがありました。
花の形もどこかおもしろくて、まるで音を刻むように見えました。
その記憶が、今になって作品の中に少しずつ形を変えて残っています。




2. 「琉花音」という名前に
この作品には「琉花音(りゅうかおん)」と名をつけました。
花の姿が音のように布の中にひそやかに響いてほしい、そんな願いを込めています。
染めに使った布は「芭蕉布」と呼ばれるもの。
昔の沖縄では、庭に植えた芭蕉の木から糸をとり、日々の着物や祭りの日の晴れ着に仕立てていました。
今ではとても貴重な布で、そう簡単に触れられるものではありません。
私がこの布に関われたのは、母が若いころに喜如嘉で織りを学んでいたからです。
母と一緒に訪ねた北部の村の暮らしや、人々の営み。
その記憶が、今も静かに心の底に残っています。
3. 母から子へ、時をつなぐ糸
糸を紡ぐ音や、布に触れる手の動き。
北部のやわらかな光や、家々の影。
そのひとつひとつが、知らないうちに私の中に積もり、今こうして布に向き合う自分につながっているように思います。
それは技法や手順を受け継ぐというより、暮らしそのものを受け取ったような感覚です。
母の時間と私の時間が、一本の糸のようにつながっていく。
そうして、この布に触れる誰かの時間へと渡っていくのだと思います。
4. 技法への挑戦と物語を込めること
私にはいつも二つの思いがあります。
ひとつは、沖縄の物語を作品に込めたいということ。
もうひとつは、できる限り技法にも挑戦してみたいということです。
今回、芭蕉布に染めを施すのは大きな挑戦でした。
気を使うことも多く、思うようにいかないこともありました。
けれど、布と向き合う中で、自分の記憶や沖縄の風景とひとつに重なる瞬間がありました。
「琉花音」には、北部の青空に咲く花、母から受け継いだ暮らしの時間、
そして沖縄で生きる人たちのささやかな祈りを込めています。
5. あなたの物語へ
この布を見てくださる方へ。
どうか、子どものころに見た空や、大切な人と過ごした時間を思い出していただければと思います。
忘れられない風景や、ふとした暮らしの場面。
そのひとつひとつが、あなた自身の物語をつくっています。
この布に込めた沖縄の物語と、少しでも重なってくれたら嬉しいです。
おわりに
花が咲き、風が吹き、糸が織られる。
それは遠い昔の話ではなく、今も私たちの日々の中にあります。
「琉花音」と出会った方が、それぞれの暮らしの中で新しい一歩を感じてくだされば、こんなにありがたいことはありません。
派手さも大きな声もありませんが、沖縄の空に咲く花のように、ただそこにあり続けたいと思います。






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公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。