沖縄の風景が布になる瞬間【作品解説】

「琉花音(りゅうかおん)」

1. 空に咲く花を見上げて

夏の沖縄の空に、朱色の花がぽつぽつと咲いている木があります。
子どものころ、北部へ向かうドライブの道すがら、その木をよく見上げました。

背の小さかった私は、ただ首をぐっと上に向けるしかなくて。
赤い花の向こうに広がる青い空を、じっと見ていたのを覚えています。

特別なことではなく、ただの風景でした。
けれども、なぜか胸の奥がふっと軽くなるような、不思議な気持ちがありました。
花の形もどこかおもしろくて、まるで音を刻むように見えました。
その記憶が、今になって作品の中に少しずつ形を変えて残っています。

オオゴチョウ
オオゴチョウ
工房の庭先に咲く オオゴチョウ
オオゴチョウ

2. 「琉花音」という名前に

この作品には「琉花音(りゅうかおん)」と名をつけました。
花の姿が音のように布の中にひそやかに響いてほしい、そんな願いを込めています。

染めに使った布は「芭蕉布」と呼ばれるもの。
昔の沖縄では、庭に植えた芭蕉の木から糸をとり、日々の着物や祭りの日の晴れ着に仕立てていました。
今ではとても貴重な布で、そう簡単に触れられるものではありません。

私がこの布に関われたのは、母が若いころに喜如嘉で織りを学んでいたからです。
母と一緒に訪ねた北部の村の暮らしや、人々の営み。
その記憶が、今も静かに心の底に残っています。


3. 母から子へ、時をつなぐ糸


糸を紡ぐ音や、布に触れる手の動き。
北部のやわらかな光や、家々の影。

そのひとつひとつが、知らないうちに私の中に積もり、今こうして布に向き合う自分につながっているように思います。
それは技法や手順を受け継ぐというより、暮らしそのものを受け取ったような感覚です。

母の時間と私の時間が、一本の糸のようにつながっていく。
そうして、この布に触れる誰かの時間へと渡っていくのだと思います。


4. 技法への挑戦と物語を込めること

私にはいつも二つの思いがあります。
ひとつは、沖縄の物語を作品に込めたいということ。
もうひとつは、できる限り技法にも挑戦してみたいということです。

今回、芭蕉布に染めを施すのは大きな挑戦でした。
気を使うことも多く、思うようにいかないこともありました。
けれど、布と向き合う中で、自分の記憶や沖縄の風景とひとつに重なる瞬間がありました。

「琉花音」には、北部の青空に咲く花、母から受け継いだ暮らしの時間、
そして沖縄で生きる人たちのささやかな祈りを込めています。


5. あなたの物語へ

この布を見てくださる方へ。
どうか、子どものころに見た空や、大切な人と過ごした時間を思い出していただければと思います。

忘れられない風景や、ふとした暮らしの場面。
そのひとつひとつが、あなた自身の物語をつくっています。
この布に込めた沖縄の物語と、少しでも重なってくれたら嬉しいです。


おわりに

花が咲き、風が吹き、糸が織られる。
それは遠い昔の話ではなく、今も私たちの日々の中にあります。

「琉花音」と出会った方が、それぞれの暮らしの中で新しい一歩を感じてくだされば、こんなにありがたいことはありません。
派手さも大きな声もありませんが、沖縄の空に咲く花のように、ただそこにあり続けたいと思います。

琉花音 2025年沖展
「琉花音」
「琉花音」型紙
型置き
型置き

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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