南風の静かな鼓動【工房時間】

うりずんの風と、これからの話

この季節になると、
工房の空気が少し変わります。

沖縄では、春へ向かうこの時期を「うりずん」と言います。
湿り気が戻って、南風が吹いて、
光がやわらかくなる。

外の植物も、海の色も、
急に生きものらしく見えてくる。

なぜか分からないけれど、
この時期は少し胸が高鳴ります。

そわそわする、というより、
何かが動き出す前の感じ。

工房の中でも、
色の出方が変わる気がします。

光が違うのか、
気持ちが違うのか。

たぶん両方です。


小さい頃、父と海へ行った記憶があります。

まだ暗い時間に家を出て、
波の音だけが聞こえる場所へ行く。

父は先に竿を出して、
私は少し離れてその背中を見ていました。

魚が釣れているのかどうかも分からない。
何がかかるのかも分からない。

でも、あの時間は、
なぜか安心していました。

焦らないこと。
待つこと。
自然の流れに逆らわないこと。

父(栄順15代)が海で拾った釣具
1960年代 城間栄順15 代

あの背中から、
私は多くを教わった気がします。

紅型も、同じです。

急げば崩れる。
力を入れすぎれば濁る。
布の呼吸を見ながら、
少しずつ進めていく。

隈取りの様子

色を差すたびに、
型を置くたびに、
自分がつくっているというより、
何か大きな流れに参加している感覚になります。

水元(染めた布を水洗いします)
水の中の布 糊がふやけてきました。

この仕事は、私一人のものではありません。

祖父がいて、父がいて、
さらにその前の人たちがいて、
琉球という場所があって。

この島は、
ずっと東南アジアや中国、日本とつながりながら
文化を育ててきました。

外から来たものを、
そのまま受け取るのではなく、
自分たちの色に染めてきた歴史。

それが、いま私たちの仕事の土台にあります。

これから先、
その役割はきっと、
軽くはならないと思います。

むしろ、重くなる。

でもそれは、
重荷というより、
チャンスだと思っています。


民話や民謡、
土地に残る物語。

それらはただ保存するものではなく、
もう一度、いまの言葉で、
いまのデザインで、
もう一度息を吹き込めるはずです。

首里城の図案をする 城間栄順(15代)1940年代

布の上に、
物語を置く。

歌のリズムを、
色の重なりに変える。

そしてそれが、
きちんと経済として循環する仕組みをつくる。

文化が、
誇りだけでなく、
暮らしを支える力になる。

顔料の入った茶碗

それを、
工房としてやっていきたい。

大きな声では言いませんが、
うりずんのこの季節になると、
そんなことを考えます。


守ることは大事です。

でも、守るだけでは、
文化は少しずつ乾いていきます。

芽吹かせること。
接続すること。
外とつながること。

この島が昔からやってきたことを、
もう一度、いまの時代にやるだけです。

うりずんの風が吹くと、
新しい図案を描きたくなります。

まだ見ぬ色を重ねたくなります。

それはきっと、
この土地がまた動き出しているから。

工房の中でも、
少しずつ、
新しい流れをつくっていきましょう。

焦らず。
でも、止まらず。

よんな〜よんな〜、
でも確実に。

この島の風と一緒に。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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