藍の「ご機嫌」を待つ【工房時間】
2026.09.08





藍と、5分間の真剣勝負 ―変わらないリズムで、今を見つめる【工房時間】
皆さん、こんにちは。
紅型を通して、琉球の文化が伝わっていくこと。いつもそのことに、感謝しています。私たちはいつも、違いを受け入れながら、この小さな島でどうやって生きていくかを、ずっと考えています。

沖縄では、藍染めのことを「藍型(えーがた)」と呼びます。特に、夏場だけ染めるのが一般的です。6月から12月が藍のシーズンで、なかでもこの時期が、藍にとって最も良い条件が揃う季節だと考えています。9月になり藍本番と言ったところです。
5分間との真剣勝負
藍染めの面白さは、昔ながらの琉球藍の泥藍と、灰汁と、水飴で還元させて染色を行うところにあります。それが、なかなか自分の思い通りにはならないところが、また面白いのです。1年中作業できる紅型とは違い、藍は気温や天候に大きく左右されます。台風が来ると、藍が「風邪をひく」ように元気を失いますし、気温が下がると還元がうまく進まず、ハラハラすることもあります。



紅型の中でも「藍型」は、特に繊細な技法です。糊(もち米粉とぬか粉を混ぜたもの)は、藍甕に溶け出す前に、引き上げなければなりません。その時間は、わずか5分間。この短い間に染めを終えるために、藍甕の状態を完璧に保つことが、本当に大切なんです。
だから、まず試し染めをして、その日の藍の「ご機嫌」を確認してから、作業に入ります。もし藍甕の状態が仕事に適さないと判断したら、思い切って仕事を中止する勇気も必要です。
そういった条件を乗り越えて、美しい布が染め上がる瞬間。その苦労が一気に報われて、「ああ、なんてきれいなんだろう」と、心が動かされます。青一色でありながら、こんなにも心が揺さぶられるなんて、不思議で、感動的なことです。
ちなみに、沖縄の藍は「琉球藍」と呼ばれる独特の品種です。日本のタデ藍、インド藍と並ぶ、3種類の藍植物のひとつです。形や大きさはそれぞれ違いますが、どれも青の色素を持つことから「藍」として知られています。琉球藍は、台湾やネパールなどで見られる南方系の植物で、比較的温暖な気候に適しています。
毎年6月が近づき、夏が訪れると、「ああ、藍の季節が来たんだな」と、心が高まります。
家族で受け継ぐ、藍の管理
藍の管理は、私の祖母、そして母が、引き継いできた大切な役割でした。ただ、それは、甕(かめ)を扱うだけの作業ではありません。毎日、藍甕をかき混ぜて、底に沈んだ泥の部分と、上の染液の部分を均一に整え、翌日に向けて最良の状態を保つ。そのために、藍の状態を見極めながら、水飴を加えたり、泡盛を注いだりと、細やかな調整が必要になります。
私自身も、10代後半から母の助手としてこの仕事に関わり始め、甕の管理を引き継ぎました。
母から引き継いだもの、直面した壁
母から藍の管理を引き継いだとき、一番驚いたのは、「レシピ」というものが存在しなかったことです。母は長年の感覚で藍を管理していて、「今は藍が疲れているから、水飴を入れて」といった、曖昧なアドバイスしかくれませんでした。明確な基準が欲しかった私には、正直、戸惑いの日々でした。
さらに、「藍のことは誰にも相談するな」と母から厳しく言われていて、家族の中での秘密主義が、強く根付いていました。それでも私自身、このままでは藍の状態を思うようにコントロールできない現実に、直面していました。

外の世界に手を伸ばして
思い切って、母に内緒で、藍の成分を沖縄県内の工業試験場で分析してもらったり、沖縄県立芸大の先生や、他の染色家の方々と情報交換を始めました。その中で気づいたのは、藍甕の管理方法が、工房や染色家ごとに、まったく違うということでした。それでも私は、城間びんがた工房に合った方法を模索しながら、少しずつ、自分なりの管理基準を作っていきました。
例えば、水温やアルカリ濃度を測って、一定の基準を探ることを習慣にしました。これは、次の世代に藍の管理を引き継ぐための、大切なステップでした。もちろん、失敗もありました。還元を促そうと、にんじんを溶かした20リットルの液を甕に入れたら、400リットルの藍がドロドロのヘドロ状になって、甘い香りを放つ状態にしてしまったこともあります。そのときは、本当に自分の浅はかさにショックを受け、深く反省しました。
8年間の試行錯誤を経て、ようやく自分なりの藍の管理方法を確立しました。この経験で強く感じたのは、「家の中だけで解決する」という昔ながらのやり方を、変えていく必要があるということです。外部との情報共有や、新しいアプローチを取り入れることで、伝統を守りつつも、次の世代にもっと広い可能性を伝えられるのだと、実感しました。
最先端と、変わらないもの
少し話が脱線しますが、私は釣りが好きで、昔から憧れている釣具のメーカーに「がまかつ」というメーカーがあります。実際に自分の道具として手に入れたことは、ほとんどありません。ただ、シンプルに、ずっと憧れてきました。
最近、YouTubeやネットの情報を見ていると、値段はかなり高くなっているにもかかわらず、最新の製品は、最先端の素材や科学技術、科学分析によって、驚くほど進化しているように感じます。昔よりもずっと細くなり、ずっと強くなっている。それを見て、さすがものづくりの国、日本だなあと感心する一方で、ふと自分の仕事を振り返ることがあります。
私自身は、300年間変わらない、手に入る限り昔ながらの材料で作るという仕事をしています。この方法でしか表せない表現があると信じて、取り組んでいます。それでも、同じ日本、同じ世界でものづくりをしていながら、自分たちは、皆さんに喜んでもらえる、関心を持ってもらえるだけの価値を、本当に生み出せているのだろうかと、時々、すごく不安になることもあります。


それでも、やはり、夏の季節、藍染めの藍の匂いがするとき、私は胸がドキドキ、そわそわします。藍の季節、時々気まぐれに北風が吹くと、「また、藍の季節が終わるかもしれない」と、ドキドキします。そんなふうに、相変わらず昔ながらのリズムの中にいながら、今を見つめています。

伝統を守りながら、未来へ
藍の管理には、技術だけでなく、伝統を受け継ぎながらも、現代に合わせて進化させる創造性と柔軟性が求められます。最先端の技術が驚くほどのスピードで進化していく時代の中で、300年変わらない方法を選び続けることに、迷いがないと言えば嘘になります。それでも、この経験を通して得た教訓を、これからも未来に活かしていきたいと思っています。
もしこの文章を通じて、藍の奥深さや、管理の大切さ、そして私たちの想いが、少しでも誰かに届いたら、それ以上に嬉しいことはありません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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