伝統という、静かな言語
2026.01.31
記憶を結ぶ布――インドネシアの風とともに
こんにちは。
紅型という染めの仕事を通して、琉球文化が静かに伝わっていくこと――
それが、今の私たちにとってどれほど大きな喜びであり、感謝に満ちた営みであるかを、日々感じています。
「紅型を見て、何かを感じた」と声をかけてくださる方々がいます。
「伝統に触れて、あらためて沖縄の奥深さを知った」と言ってくださる方もいます。
そうした、ひとつひとつの静かな反応に、私たちは何度も背中を押されています。
この小さな工房から、琉球の色とかたち、そしてその背後にある祈りや営みが、
少しずつでも遠くに届いていること――
それを思うとき、やはり「続けていてよかった」と心から思うのです。
冬の気配とともに訪れるご縁
2026年1月31日。
沖縄は例年に比べると、まだ冬らしい寒さが訪れきっていないような、そんな空模様です。
この日は18度。南国とはいえ、冬にしては過ごしやすい一日でした。
布を広げるにも、手先が冷たくならず、作業の進みも穏やかです。
そんな日和の中、工房ではある準備が静かに進んでいます。
このたび、国際交流基金の事業の一環として、
インドネシア国立芸術大学スラカルタ校舞踊学科の学生10名が沖縄を訪れることになりました。
滞在期間中は、沖縄県立芸術大学の学生や、琉球芸能の実演家、そして紅型作家など、
それぞれの分野で活動する人々との交流を通じて、
琉球舞踊や伝統工芸に多角的にふれるプログラムが予定されています。
私たちの工房も、その取り組みの中で、
協力工房のひとつとして関わらせていただくことになりました。
レクチャーやデモンストレーション、ワークショップなどを通して、
「見る・聞く・体験する」といういくつかの入り口から、
紅型という仕事の一端にふれていただく機会となればと考えています。
今回の交流は、2025年にインドネシアで行われた琉球舞踊公演をきっかけに生まれたご縁が、
時間をかけて少しずつ育まれ、今回の来沖へとつながったものだと伺っています。
その流れの中で、私たちの工房にも声をかけていただいたことを、
ひとつのありがたいご縁として受け止めています。
一方で、この機会に関わらせていただくにあたり、
工房として「何を、どのようにお伝えできるだろうか」と、あらためて考える時間も生まれました。
というのも、私たちの工房は、日常的に見学を受け入れている場所ではなく、
あくまで“つくること”を最優先に守ってきた空間だからです。





そうした前提の中で思い浮かんだのが、
「見学の場」としてではなく、
一時的にでも工房の中に身を置いてもらうような関わり方でした。
たとえば、その日の午前中だけ工房の一部を使い、
限られた人数で小さなワークショップの時間を設けること。
そこでは、普段は制作に専念している職人が数名入り、
特別に“教える側”になるというよりも、
新人を迎えるときと同じように、
隣で手を動かし、声を交わしながら時間を共有する。
そんな場面を想像しています。
使用する図案も、工房として長く大切にしてきたものの中から選びました。
伝えられる時間は120分と限られていますが、
その短いひとときの中で、
私たちが日々大切にしている空間の空気や、
ものづくりに向かう姿勢、言葉にならない感覚のようなものが、
ほんの少しでも伝われば――
今は、そのような思いで、この機会に関わらせていただいています。
インドネシアとの縁――若き日々の記憶
私にとって、インドネシアという地名は、ただの訪問国ではありません。
20代の頃、私はインドネシアに住んでいた時期がありました。
若く、感受性がひらいていたあの頃。
目に映るもの、耳に入る音、肌にふれる風――
そのすべてが鮮やかで、あたたかく、深い記憶として今も心に残っています。
現地で出会った人々の多くは、自分たちの伝統を誇りに思い、日々の暮らしの中で大切に守っている人たちでした。
特に、工芸に携わる職人たちの姿勢には強く胸を打たれました。
布を織る人、木を彫る人、染めをする人。
いずれも、「自分たちの文化は、自分たちの手で守る」という確かな誇りがあり、
それはどこか、戦後の沖縄で紅型を再興させようとした祖父たちの姿と重なるものがありました。
再びの交流――東ティモールでの学び
あれから十数年が過ぎ、私は再び、インドネシアの隣に位置する東ティモールという国を訪れる機会をいただきました。
そこはかつてインドネシア領でありながら、独立を経て、新しい国として歩み始めた土地。
その中でも、伝統工芸の現場を訪ねる旅でした。
当時、私自身はすでに工房を継ぎ、職人として歩み始めていた頃。
仲間の職人たちとともに現地を訪れ、「何か技術的な交流ができれば」と思っていたのです。
けれど、そこで出会った職人たちは、私たちの想像をはるかに超える技術と誇りを持っていました。
道具は決して豊かではない。
けれど、素材を選ぶ目、手を動かすリズム、染めの重ね方。
すべてが洗練され、深く、そして生き生きとしていたのです。
「教える」つもりで訪れた私たちが、
結果として大きく「教えられる」側になっていた――
そんな体験でした。





アジアという器の中で
今回、インドネシアから来てくれる学生たちを迎えるにあたって、
私の中には自然とあの頃の記憶がよみがえってきました。
若い頃に受け取った感受性のかけら。
その中で出会った職人たちの誇りや美意識。
そして、自分もまた、同じアジアという大きな器の中で手を動かしているひとりなのだという実感。
琉球とインドネシアは、言葉も文化も違います。
けれど、自然と寄り添い、素材と向き合い、祈りを込めてものをつくるという姿勢には、
どこか共鳴するものがあるのです。
今回の図案に込めたもの
今回の交流では、工房で紅型の体験ワークショップも予定しています。
そのために私が用意した図案のひとつが、
首里城の文様の中に舞う「浜千鳥」の意匠です。
この浜千鳥の図案には、実はある物語があります。
それは、祖父・14代栄喜が、戦後の焼け野原の中、
ほとんど材料も揃わない中で、わずかな染料と紙を使って描いた絵はがきの図案に由来します。
彼は、仕事を絶やさぬよう、1000枚以上の絵はがきを染めてはアメリカ兵へ向けて販売していたといいます。
そのときに描かれた浜千鳥を踊る姿は、
「まだここにいるよ」という、声なき祈りだったのかもしれません。






過去から未来へ――文化は「結び直し」ていく
こうして記憶をたどりながら、いま再び、インドネシアの若い世代と手を取り合う。
そこには、単なる国際交流という言葉では括れない、
深い“結び直し”の感覚があります。
文化は、過去の遺産ではありません。
それは、記憶と記憶、人と人が出会い直し、
新しい意味を紡いでいく「再編集の営み」なのだと思います。
今回の交流が、その小さなきっかけになれば、
そして若い世代の誰かの心の中に「何か確かなもの」が芽生えれば、
それだけで十分だと思うのです。
おわりに
工房の中で、私たちはいつも「時間」と向き合っています。
色が染みこむまでの待ち時間、布が乾くまでの静けさ。
その合間に、風の音や、光の気配がふと心にふれて、気づきが生まれます。
今回の交流もまた、そんな静かな時間の中の気づきであってほしいと願っています。
布と布、人と人、記憶と未来。
それらをゆるやかに結び直していく――
それが、いま私たちが紅型という手仕事を通して、少しずつ実現していきたい未来です。
どうぞ、これからも静かに見守っていただけましたら幸いです。

城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

城間栄市プロフィール 生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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