水の中で、布が目を覚ます
2026.01.07
生まらすんという瞬間
――水洗いの中で覚えた、仕事の感覚
琉球紅型を知っていただく機会を、
日々こうしていただいていることに、
まずは心から感謝しています。
私自身がこの仕事を
「仕事として」意識し始めたのは、
振り返ってみると、
おそらく十代の頃だったのではないかと思います。
最初の入り口は、
母について仕事を覚えていく、
ごく自然な流れでした。
その頃、私が主に任されていたのは、
水洗い、そして藍染め、藍型(えーがた)と呼ばれる工程です。




今思えば、
このときの感覚や経験が、
私の仕事の基礎になっているのではないか、
と感じることがあります。

「好きだから」だけではない仕事の入口
紅型の仕事を志す人の多くは、
「好きだから」「美しいから」
という気持ちをきっかけにしています。
私の工房に集まる人たちも、
そうした想いを持って入ってくる方がほとんどです。
もちろん、
好きだという気持ちは、とても大切です。
けれど私自身の場合、
それ以前に、
「やらせてもらった仕事」が
そのまま自分の職業意識の基礎になっていった、
という感覚があります。
水洗いは、
決して楽な作業ではありません。
体力も要るし、
集中力も必要です。
けれど、毎日毎日、
その工程を繰り返す中で、
色を見る感覚、
全体を一度に捉える感覚、
一つひとつをじっくり観察する感覚が、
自然と身体に染み込んでいったように思います。


水の中で、色が立ち上がる
水洗いの工程では、
糊を落としていきます。
紅型の糊は、
もち米と米ぬかでできています。
ぬるま湯の中で、
その糊が少しずつふやけ、
布の上から離れていく。
すると、
それまでぼんやりとしていた柄の輪郭が、
すっと立ち上がってきます。
この瞬間は、
何度経験しても、
やはり特別です。
色が、
はっきりと現れる。
デザインの輪郭が、
初めて姿を見せる。
自分が頭の中で思い描いていたイメージと、
実際に布の上に現れた姿が、
水の中で出会う瞬間です。
その光景は、
気持ちがいいと同時に、
どこかドキドキするものでもあります。
「生まらすん」という言葉
昔の人たちは、
作品が思いがけず良く仕上がったとき、
「生まらすん(うまらすん)」
――生まれさせる、
という言い方をしたそうです。
それは、
自分の力だけでは説明できない、
予想を超えた良さが現れたとき。
まるで、
作品のほうから生まれてきたようだ、
という感覚だったのだと思います。
私自身、水洗いの中で、
何度もそんな瞬間に立ち会ってきました。
自分が染めた布であるはずなのに、
水の中で柄が現れたとき、
「こんな表情をしていたのか」
と、はっとする。
少し驚いて、
少し嬉しくなって、
なぜか胸が高鳴る。
その感覚は、
いまでも忘れることができません。
技法が、そっと力を貸す
このとき私が感じていたのは、
「うまくできた」という達成感だけではありません。
むしろ、
この技法そのものが、
――祖父や、そのまた前の世代が大切にしてきた技法が、
そっと力を貸してくれているのではないか、
という感覚でした。
自分一人で作っているのではない。
長い時間の中で積み重ねられてきた
手の記憶や、判断や、感覚が、
水洗いという工程を通して、
一瞬だけ姿を現す。
だからこそ、
自分の作品でありながら、
どこか他人事のように、
ドキドキしてしまうのだと思います。
今振り返ると、
あの瞬間もまた、
「生まらすん」の一つだったのかもしれません。
最初に任された場所
工房で最初に、
「ここを任せるよ」と言われた場所。
その感覚で思い出すのは、
やはり水洗いの工程です。
一つの持ち場を任されるということは、
信頼されるということでもあり、
同時に責任を引き受けるということでもあります。
緊張もありました。
失敗できない、という思いもありました。
けれどそれ以上に、
水の中で布と向き合う時間は、
私にとって
とても気持ちがよく、
どこか安心できる時間でもありました。
仕事の原点として残っているもの
今、さまざまな工程に関わり、
工房全体を見る立場になっても、
あの頃の水洗いの感覚は、
私の中に残り続けています。
派手な成果ではなく、
日々の繰り返し。
重労働の中にある、
小さな驚き。
そして、
自分の力を少し超えたところから
生まれてくるものへの畏れ。
それらすべてが、
私にとっての
「仕事をする感覚」の原点です。
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

城間栄市プロフィール 生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

LINE公式 https://line.me/R/ti/p/@275zrjgg
