浜に重なる記憶の糸【作品解説】
2026.03.26
作品「結び浜」

浜昼顔 ― 原風景を包むもの
沖縄の海岸を歩いていると、
どこにでも静かに広がっている植物があります。
浜昼顔。
砂の上を這うように伸び、
風と光の中で、
あたり前のようにそこにある存在。
子どもの頃、私はその風景の中にいました。
足元にはアザミのような棘のある植物があり、
何も考えずに踏み込んでは痛みを感じる。
それでもまた、
波の音に引き寄せられるように、
砂浜へと足を運んでいく。
そんな記憶が、身体の奥に残っています。
私の父は首里の出身で、
海が好きな人でした。
よく家族を連れて、海へ出かけていました。
その時間は、
言葉としては多く語られないまま、
ただ風景として、
私の中に残っています。
一方で母は、
沖縄本島北部のさらに先、
伊平屋島の出身です。
連休や夏休みになると、
家族でその島へ渡りました。
本島とは少し違う、
どこか時間の流れがゆるやかな場所。
海の色も、風の匂いも、
すべてが少しずつ違っていて、
その違いを言葉にすることはできないまま、
ただ身体が覚えていきました。
今回の作品「浜昼顔」は、
そうした原風景をたどりながら生まれています。
浜昼顔という存在は、
単なる植物ではなく、
私の中にある
「海と島の記憶」を
静かに包み込む象徴のようなものです。
実際の浜昼顔は、
決して派手な色を持つ植物ではありません。
けれども、
夕日の当たり方や、
見る時間、
そしてそのときの自分の心の状態によって、
まるで違う色に見える瞬間があります。
今回の色彩は、
その「見え方の揺らぎ」をすくい取るように、
構成していきました。
強い色ではなく、
しかし確かに存在している色。
光の角度や、
感情の状態によって、
変化していくような色。
それをどう布の上に定着させるか。
その試みでもあります。
技法的には、
繰り返しの型の中に、
あえて配色の変化を持ち込むことで、
一見すると規則的でありながら、
どこかに不規則性が立ち上がるような構成を試みました。
同じ型を使いながらも、
色の入り方によって、
まったく違う表情が現れる。
その揺らぎは、
自然の中にある不均質さや、
記憶の曖昧さともどこか重なっています。
また、今回の型紙は、
すべてが一体としてつながる構造になっています。
途切れることなく、
一つの流れとして連続している。
そのため、
型紙としての強度も保ちながら、
同時に、
「つながり続ける風景」そのものを
内包する形になりました。
海と島。
父と母。
子どもの頃の記憶。
それらは個別のものではなく、
すべてがつながりながら、
今の自分の中にあります。
浜昼顔は、
ただそこに咲いているのではなく、
風に揺れ、
光に変わり、
時間とともに姿を変えながら、
静かに存在し続けています。
この作品もまた、
見る人の時間や、
心の状態によって、
違った表情を見せるものかもしれません。
沖縄の海辺に広がる、
あの何気ない風景。
その中にある
小さな記憶と、
確かに存在している時間。
それを、
一枚の布の中に
そっと留めておきたいと思いました。




城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

LINE公式 https://line.me/R/ti/p/@275zrjgg
