祖父の部屋で聞く、怪談の夜【イベント】

皆さん、こんにちは。城間びんがた工房の城間栄市です。

いつも紅型を通して琉球文化に関心を寄せていただき、日々感謝しております。

今回の台風9号は、大変大きな台風でした。幸い進路そのものは沖縄本島を僅かにそれる形でしたが、それでも瞬間的には17メートル近い強風が吹き荒れ、この二、三日は工房の庭の福木もざわざわと大きく揺れ続けていました。窓の外の緑が激しく波打つ音を聞きながら、あらためて、自然の力の大きさと、それでも変わらず日々を続けていけることのありがたさを感じていました。

思えば、この工房も、そして私たち城間家も、同じように、大きな嵐をいくつも越えてきました。戦後、何もかもが焼け尽くされた焦土の中、祖父・栄喜と、当時まだ子どもだった父・栄順は、拾った軍用地図を型紙に、口紅を顔料の代わりに使いながら、紅型という文化そのものを一からつなぎ直しました。約300年続いてきたこの仕事は、決して穏やかな一本道ではなく、幾度も途切れかけながら、その都度、誰かの手によって繋ぎ続けられてきたものなのだと思います。私で16代目になりますが、そのことを思うたびに、今日一日ものづくりを続けられていること自体が、当たり前ではないのだと感じます。

そんな中ではありますが、来週7月18日(土)、いよいよ「紅型と落語」というイベントを開催させていただきます。

今回の会場は、工房ではなく、工房の敷地内にあるギャラリーです。ここは、戦後の焼け野原から紅型を復興させた祖父・栄喜が、平成4年に首里城の正殿が復興されるまで、実際に暮らしていた場所でもあります。祖父は、まるでその再建を見届けるかのように、84歳でこの世を去りました。焼け落ちた首里城とともに、多くのものを一度は失いながら、それでも同じ土地で染めと暮らしを続け、やがてこの城が再びその姿を取り戻すのを見て、静かに旅立っていった。そのことを思うと、この場所には、単なる作業空間や展示室という以上の、時間そのものが染み込んでいるように感じます。

紅型と落語――一見、遠く離れた芸能のように思われるかもしれません。ひとつは布に色を重ねる工芸、もうひとつは言葉と間で人を笑わせ、時に涙させる話芸です。ですが、どちらも「人から人へ、直接手渡されていくことでしか続いていかないもの」という点では、実はとても近い場所にあるのではないかと、私は感じています。

型紙を彫り、糊を置き、色を差す。この工程は、職人の先輩から後輩へ、あるいは親から子へ、長い時間をかけて体に染み込ませるようにして受け継がれてきました。落語もまた、稽古を通して噺家から噺家へと、間合いや呼吸そのものが伝えられていく芸能だと伺っています。数字やマニュアルでは残せない、人の手と体を通してしか継承できないもの。そのふたつが、祖父の生きた場所で重なる時間を、皆さんと共有できることを、とても楽しみにしています。

このイベントは、おかげさまで今回が2回目の開催となります。前回開催させていただいた際、思いのほか多くの方から「ここで聞く落語は、違う空気がある」というお声をいただきました。人の暮らしの記憶がそのまま残る空間、庭から入り込む首里の風。そうした暮らしの延長線上にある場所で聞く噺は、いつもとは違う距離感で、演者と聴き手をつないでくれるのかもしれません。舞台の上と客席という隔たりがなく、噺家の息づかいや、ふと漏れる笑いまでもが、すぐ近くで感じられる。そうした密度の濃い時間こそが、この会の一番の魅力なのだと、あらためて教えていただいた気がしています。

そのお声に背中を押していただき、今回もまた同じ場所で開催させていただく運びとなりました。定員30名という決して大きくはない会ですが、おかげさまで現在すでに28名の方にお申し込みをいただいております。この場所の性質上、大人数でのご案内が難しいぶん、こうして一人ひとりのお顔が見える距離感でお迎えできることを、私自身、心からありがたく思っております。

今回のテーマは「怪談噺」です。夏らしく、涼を届けられるような一夜になればという思いから、演目を選んでいただきました。

紅型は、もともと琉球王国の時代、王族の衣装として発展してきた染めです。一方で落語は、江戸の庶民の暮らしの中から生まれ育った話芸です。生まれた場所も、育った文化的な背景もまったく異なるふたつの芸能が、こうしてひとつの場所で出会う。その組み合わせ自体が、少し不思議で、けれど同時にとても自然なことのようにも感じます。文化というものは、本来、生まれた場所にとどまり続けるものではなく、時代や土地を越えて出会い、重なり合いながら、少しずつ新しい形を得ていくものなのかもしれません。祖父が見届けた首里城の再建もまた、一度失われたものが、多くの人の手によって再びこの土地に戻ってきた出来事でした。今回の会も、形は違えど、そうした「戻ってくる」ことの喜びに、どこか通じているように思います。

普段、私たちは制作に集中するため、日常的な見学の受け入れは行っておりません。それでも年に数回、こうした形で場所を開かせていただいているのは、紅型という技術や道具そのものだけでなく、その背景にある時間の流れや空気を、直接感じていただきたいという思いがあるからです。写真や言葉で伝えられることには、どうしても限界があります。庭を抜けていく風、噺家の声が響く瞬間の空気の揺れ、そしてこの場所に積み重なってきた時間。そうしたものは、その場に居合わせた方だけが受け取ることのできる、かけがえのない時間だと思っています。

そして何より、この空間で過ごすひとときが、日頃の忙しさから少し離れ、心をゆるめる時間になればという願いも込めています。台風のあとの蒸し暑い夜に、涼やかな怪談噺と、紅型の色に囲まれながら過ごす時間。それは、単なる娯楽というだけでなく、この土地に流れてきた長い時間そのものに、そっと触れていただく機会になるのではないかと感じています。お一人でふらりと立ち寄っていただくのも、ご家族やご友人と連れ立って来ていただくのも、それぞれに違った時間になるのではないかと思います。

日本本土には、夏になると怪談を語って涼を呼ぶという古くからの習わしがあります。背筋がひやりとする感覚で、暑さを少しでも忘れようという生活の知恵だったのだと聞きました。沖縄にも、御先祖様や自然への畏れを大切にしてきた文化があり、目に見えないものへの向き合い方には、どこか通じるものがあるように思います。今回、噺家の皆さんが選んでくださった怪談噺を、祖父が晩年を過ごしたこの場所で、少し湿った夏の夜気の中で聞くというのは、きっと本土の寄席で聞くのとはまた違った肌触りになるのではないかと想像しています。土地の空気そのものが、噺に厚みを与えてくれる。そんな一夜になれば、これほど嬉しいことはありません。

当日は、落語がはじまる前に、少しだけ私自身のお話をさせていただく時間を持たせていただきます。テーマは「びんがたの話」です。かしこまった講演というほどのものではありませんが、実際に使っている型紙や道具をお見せしながら、色を差すまでの工程や、このギャラリーでびんがたと落語を重ねて催すことの意義について、簡単に触れさせていただこうと思っています。

落語を楽しみに来てくださった方には、この時間を通して、びんがたという工芸を少しでも身近に感じていただけたら嬉しく思いますし、すでにびんがたをご存知の方には、道具やこの場所に積み重なってきた背景を知ることで、もう一歩踏み込んだところまで興味を持っていただけたらと願っています。

紅型も落語も、その場に足を運んでみないと分からないことばかりです。私自身、この工房を継いでからずっと、多くの方に「紅型に触れる入り口」を少しずつ増やしていきたいと考えてきました。今回のような会も、そのひとつの形です。特別なことをするというより、この土地に息づいてきた時間と、今を生きる方々とを、そっとつなぎ直す。そんな気持ちで、当日は皆さんをお迎えしたいと思っています。

台風が過ぎたあとの空は、不思議と少し澄んで見えることがあります。強い風が、重たい空気ごと運び去ってくれたのかもしれません。来週の夜も、そんな澄んだ風の中で、皆さんと一緒に噺に耳を傾けられたらと思っています。笑いと、少しの怖さと、紅型の色と、そして祖父が見つめ続けたこの土地の記憶と。そのすべてが混ざり合った時間を、この場所から届けられることを、心から楽しみにしています。

残りの席もわずかとなってまいりましたが、もしご興味をお持ちいただけましたら、お気軽にお問い合わせください。当日は、この場所で、皆さんをお迎えできることを楽しみにしております。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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