琉球の富を探る ― 茶の湯と舞踊、音楽が交差したひととき
2025.09.24
皆さん、こんにちは。
いつも紅型(びんがた)を通して琉球文化に関心を寄せてくださり、心より感謝申し上げます。
私たちが日々ものづくりを続けられるのは、皆さまの好奇心や応援の気持ちが大きな原動力になっているからです。改めて、この場を借りてお礼をお伝えいたします。
ギャラリーでの特別な一日
2025年9月23日(火・秋分の日)、城間びんがた工房のギャラリーで「琉球の富を探る 茶の湯のひととき」と題した催しを行いました。
この日は、茶道の北島宗利先生、琉球古典音楽のよなは徹先生、城間勇紀さん・城間あずきさん、琉球舞踊の真境名由佳子先生、福田えりさん、そして私・城間栄市が参加。
琉球古典音楽の生演奏に合わせて舞踊をご覧いただき、その後にお茶席を設けるという流れでしたが、その場の緊張感と美しさは言葉以上のものでした。





会場は満席。普段なら国立劇場で舞う先生方の踊りや演奏を、至近距離で味わえるという特別な体験に、参加者の皆さまの表情は輝いていました。
「こんなに近くで琉球舞踊を見られるとは思わなかった」という声も多く、文化の力を改めて実感するひとときとなりました。


茶の湯がもたらす静けさ
お茶席もまた、印象的でした。
茶道に馴染みのない私自身にとっても、その空間は凛とした緊張感に包まれ、背筋が自然と伸びるような心地よさがありました。
静かに点てられる一服のお茶。所作のひとつひとつに「丁寧さ」と「誠実さ」が宿り、それは紅型の制作にも通じる精神だと感じました。
この日は特別に、工房ギャラリーの障子や網戸を取り払い、庭を大きく切り取ったように見渡せる設えに。秋分の日の光と緑の背景が舞踊や音楽、お茶を包み込み、まさに「琉球の富」が息づく空間になりました。








祖父・城間栄喜と首里城の記憶
この家は、祖父・城間栄喜(14代目)が平成4年に亡くなるまで暮らしていた場所です。
祖父は38歳で終戦を迎え、避難生活の中で「琉球文化を絶やしてはならない」との思いから、戦後わずか2年で紅型づくりを再開しました。
そして平成4年――首里城が初めて復興を遂げた年に祖父はこの世を去りました。
焼け跡に瓦礫だけが残っていた首里城が再び立ち上がる姿を見届け、安心して旅立ったのかもしれません。今回その家で催しを行えたことは、私にとって深い意味を持ちます。
さらに、この日の舞踊で真境名由佳子先生がまとった衣装は、祖父・栄喜が手描き(筒描き)で制作したもの。約60年前、由佳子先生のおばあさま・佳子先生の舞台のために挑戦的に染められた作品です。
作品集の最後のページに載っているその図案が、舞の中で今も力強く息づいている姿に、祖父もきっと喜んでいると感じました。


異なる文化が交差する場所
舞踊、音楽、茶道、そして紅型。
一見別々に見える表現ですが、どれも「人と人をつなぎ、心を豊かにする」という共通点を持っています。
参加された方々からは、
「舞踊の力強さとお茶の静けさの対比が心に残った」
「近い距離で見ることで衣装や音に新たな発見があった」
といった声をいただきました。
こうした感想を通じて、紅型もまた「人と出会い、つながることで生きる工芸」であることを改めて確信しました。
おわりに ― あなたの暮らしに小さな彩りを
今回の「琉球の富を探る 茶の湯のひととき」は、出演いただいた先生方、支えてくださった方々、そして参加された皆さまのおかげで、忘れがたい時間となりました。心より感謝申し上げます。
紅型は単なる布ではなく、人々の想いや自然、暮らしの記憶が刻まれた文化です。
そして文化は、人が出会う場によってさらに輝きを増していきます。
この文章を読んでくださったあなたもまた、この物語の一部です。
どうぞこれからも、一緒に紅型と琉球文化の物語を紡いでいただければ幸いです。
―― 実は、この物語には続きがあります。
今回の取り組みを、東京・世田谷でも開催することができました。舞台となったのは、今回のお茶の先生・北島先生ゆかりの柳澤邸。9月27日には午前と午後の二部構成でお茶席が設けられ、琉球文化の息吹を体験いただく機会となりました。
午前・午後ともに多くの参加者に恵まれ、会場は温かな空気に包まれました。琉球文化に関心を寄せる方々だけでなく、私の友人や知人も足を運んでくださり、直接言葉を交わすことができたことは、かけがえのない時間でした。改めて、すべての出会いとご縁に深く感謝いたします。






LINE公式 https://line.me/R/ti/p/@275zrjgg

Instagram https://www.instagram.com/shiromabingata16/
公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。