南の空の断片【作品解説】

もし、空を見上げる時間があるとしたら、
あなたはどんな空を思い浮かべるだろうか。

雲の流れや、光の当たり方、
そしてそのときの自分の状態によって、
同じ空でもまったく違う景色に見えることがある。

沖縄の空は、ときにとても劇的に変化する。
真っ白な入道雲が静かに立ち上がったかと思うと、
その一角だけに雨が落ちてくる。

「かたぶい」と呼ばれるこの現象は、
今で言えばゲリラ豪雨のようなものかもしれない。

けれど、その雨はどこか局所的で、
まるで空の一部だけが感情を持っているかのように感じられる。

私自身、釣りをしている時間の中で、
何度もその光景を眺めてきた。

ただ見ているだけの時間。
けれど、その時間の中にある感覚が、
気づけば少しずつ自分の中に蓄積されていく。

今回の作品「雲を読む」は、
そうした日常の中で出会った風景から生まれた。

入道雲、かたぶい、そしてその場に流れる空気。
それらをそのまま写し取るのではなく、
びんがたの文様としてどう定着させるか。

その問いから始まっている。

図案の中に用いた稲妻の模様は、
沖縄では子どもの健やかな成長を願う意味を持つ。

自然の現象と、人の祈り。
その二つは、どこかでつながっている。

さらに、縦に走る光の表現は、
雨のしずくが光を受けて輝く瞬間を描いている。

見ようとしなければ通り過ぎてしまうような一瞬。
けれど、その一瞬の中に、確かな美しさがある。

そういった感覚を、布の上に重ねていった。


今回、この作品が国際交流基金に選ばれ、
世界各地を巡回する機会をいただいた。

イタリア、フランス、インドネシア、ブラジル…。
さまざまな土地で、この一着が展示されていく。

考えてみれば、私はこれまで、
ほとんどこの島から離れることなく過ごしてきた。

20代の頃、インドネシアで染色を学んだ時間を除いて、
生活のほとんどは沖縄の中にあった。

だからこそ、
この島で見てきた風景や感覚が、
遠く離れた場所で誰かに届くということに、
不思議な感覚と同時に、強いありがたさを感じている。

沖縄は、昔からさまざまな文化を受け入れながら、
独自のかたちをつくってきた島だ。

アジアに近く、海を越えて人や文化が行き交う中で、
混ざり合いながら、今の姿になっている。

びんがたもまた、
その流れの中で生まれ、育ってきた。

だからこの作品も、
ただ“沖縄のもの”として存在するのではなく、
見る人それぞれの中で、別の風景と重なっていくのかもしれない。


もしこの作品を見たときに、
どこかで自分の記憶と重なるものがあれば、
それはきっと、あなた自身の風景だと思う。

それでいい。

むしろ、その重なりこそが、
工芸の持つひとつの力なのだと感じている。


今回このような機会をいただき、
自分の中にある感覚を外に届けることができたことに、
心から感謝しています。

そして、
これを読んでいるあなたの中にも、
何かひとつでも風景が立ち上がっていれば嬉しい。

城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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