続けるということ【工房時間】
2026.05.27


























2026年5月24日、日曜日。
今日は、こうして言葉を残してみようと思った。
普段なら、あまりこういうことは書かないのかもしれない。
けれど、今この瞬間に感じていることを、そのまま残しておきたいと思った。
10年後に読み返したときに、
「あの時、こんなことを考えていたんだな」と思えるように。
父のことを、ふと思い出していた。
父はあまり多くを語る人ではなかった。
寡黙で、必要以上に自分のことや工房のことを話すことはなかった。
私が子どもの頃も、青年になった頃も、
昔の話を積極的にしてくれるようなことは、ほとんどなかったように思う。
振り返ってみると、戦争という大きな体験をしてきた人だった。
もしかすると、その記憶の中には、簡単には言葉にできないものがあったのかもしれない。
父は、毎朝5時に起きて仕事をし、
夕方5時には仕事を終えて飲みに行く。
そんな生活を、大きな病気をするまで、
一度も崩すことなく続けていた。
その姿は、今思い返しても少し異様なくらいに、揺るぎないものだった。
そしてよく言っていた。
「いい仕事をしていれば、誰かが見てくれている」
自分から何かを伝えたり、
アピールしたりする必要はない。
ただ、目の前の仕事に向き合えばいい。
そういう価値観の中で、私は育ってきた。
今の時代からすると、
それは少し不思議な感覚かもしれない。
今は、自分自身の言葉で発信することが当たり前になり、
一人ひとりが“伝える側”に立つ時代になっている。
正直に言うと、最初は戸惑いもあった。
こうして言葉を発信することで、
これまで応援してくださっていた方々が、離れてしまうのではないか。
そんな不安が、どこかにあった。
けれど同時に、思った。
沖縄で生きている一人として、
この場所で過ごしている時間を、
そのまま伝えてもいいのではないか、と。
特別に整えられたものではなく、
今日という一日の中で流れている時間。
例えば、こうして今、
2026年5月24日という日曜日に、
この文章を書いているということ。
そういう“等身大の時間”を、
同じ視点で共有していくことにも、意味があるのではないかと感じている。
今回、工房の中で働くみんなの様子を、
いくつかの写真として残した。
そこに写っているのは、
ただ真剣に仕事に向き合っている姿だけだ。
特別な演出も、飾りもない。
けれど、その姿の中に、
この工房のすべてがあるようにも思う。
ありがたいことに、
今この工房には、「仕事が好きだ」と言ってくれる人たちが増えてきている。
日々、仕事に向き合いたいと思っている人たちが、
ここに集まってきている。
それは、とても嬉しいことだと思っている。
私は代表として、そして経営者として、
ひとつ大切にしていることがある。
それは、
「仕事に惚れ込める人を増やすこと」
無理に頑張らなくてもいい。
けれど、自分の仕事が好きで、
そこに誇りを持てる状態でいてほしい。
そう思っている。
なぜなら、これまでこの工房を支えてきた人たちの多くが、
そういう人たちだったからだ。
父も、母も、祖父も祖母も、
そして一緒に働いてきた職人たちも。
みんな、自分の仕事に誇りを持ち、
どこかでその仕事に惚れ込んでいた。
その積み重ねの中で、
言葉では説明しきれないようなものが、
この工房には生まれてきたのだと思う。
長い時間をかけて、
膨大な量の仕事と経験が積み重なってきた。
その空気は、今も確かに残っている。
そしてその中で、
少しの緊張感と、少しの高揚感を持ちながら、
今日もまた仕事が繰り返されている。
ここでひとつ、はっきりと伝えておきたいことがある。
私たちは、過去の遺産ではない。
過去の人間でもない。
今、この時代を生きている。
2026年、令和のこの時代に、
同じ日本の中で、同じ時間を生きている。
その中で、私たちもまた、
工房として価値を生み出している。
そのことに、誇りを持っていたいと思っている。
今日も、ここ首里の中で、
いつもと変わらない時間が流れている。
けれどその時間は、
確かに今この瞬間のものだ。
もしよければ、
そのことを、少しだけでも感じてもらえたら嬉しい。
沖縄の那覇市、首里という場所で、
今日もまた、こういう時間が流れている。
ただ、それだけのことだけれど、
その中に、すべてがあるような気がしている。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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