静かに始まる、火の年に寄せて【新年の挨拶】
2026.01.03
正直に前進する一年
――物語を信じて、続けていくために
皆さま、あけましておめでとうございます。
旧年中は、本当に多くのご縁と関心を寄せていただき、ありがとうございました。
2026年は、丙午(ひのえうま)。
60年に一度巡ってくる特別な年だと聞いています。
太陽の光を表す「火」と、燃え盛る生命力を象徴する「馬」。
情熱とエネルギーに満ち、前へ進む力が強まる一年になる、と言われています。


同時にこの年は、
嘘やごまかし、取り繕いが通じにくく、
正直さや、まっすぐな姿勢そのものが試される年でもあるそうです。
挑戦を恐れず、努力を続ける人ほど、
自然と光が差し込み、運を掴んでいく。
そんな言葉を耳にすると、
期待と同時に、少し背筋が伸びるような感覚も覚えます。
私自身、この年の始まりを迎えながら、
「少し怖い年が始まったな」という正直な気持ちもあります。
けれど、その怖さも含めて、
いまの自分に必要な物語が動き出すのだと思いながら、
一日一日を大切に重ねていきたいと考えています。
振り返れば、言葉を重ねた一年でした
昨年は、工房としても、
日々の仕事の中でさまざまな挑戦や動きがありました。
派手な変化ではありませんが、
工房全体で前向きに、少しずつ取り組みを重ねてきた一年だったと感じています。


特に、2025年は、
Instagramや公式ホームページを通して、
「言葉を残す」ということに、本格的に取り組んだ年でもありました。
Instagramでは、結果として177投稿。
公式ホームページのコラムは、100本を超えました。
数字そのものを目標にしていたわけではありませんが、
振り返ってみると、
それだけ日々の仕事や考えを、
言葉として外に置き続けてきた一年だったのだと思います。

そうした積み重ねの中で、
少しずつ、自分の中で輪郭がはっきりしてきたものがあります。
それは、
10年後、自分はどうありたいのか。
どんな工房でありたいのか。
という問いでした。



祖父と父、その先に続く時間
私の仕事は、
祖父や父、そしてその時代ごとに工房を支えてきた職人たちの協力の上に成り立っています。
祖父の時代に守られてきたこと。
父の時代に積み上げられてきたこと。
その一つひとつに向き合う中で、
工房としての理念を言葉にしました。
ものづくりを通して、琉球の思いを守ること。
そしてその先に、
仕事を通して、心と財布の両方を豊かにし、
未来の沖縄を守っていくこと。
ここでいう「未来の沖縄」とは、
一つの正解に収束するものではありません。
多様な文化を認め合いながら、
沖縄らしいリズムと感覚で表現を育てていく。
私は、その姿こそが、
これからの沖縄の在り方だと思っています。
10年先を思い描くということ
現在、私は48歳です。
10年後、58歳。
身体のことを考えれば、
健康でいられるかどうかは、決して当たり前ではありません。
けれど、伝統工芸の世界で言えば、
経験と感覚がようやく結びつき、
表現として「脂がのってくる」時期でもあるのではないか。
そんな想像もしています。
自分らしい表現と、
工房としての役割。
その両方に、きちんと向き合える年齢に向かっていく10年。
2026年は、その道筋が、
少しはっきりと見えてきた年の始まりでもありました。
物語が立ち上がる瞬間を信じる
作家として作品を生み出すとき、
私の中では、昔から共通している感覚があります。
それは、
内側から突然、物語が立ち上がる瞬間です。
その物語を最後まで信じ、
形にできたとき、
自分でも驚くような、
嬉しさを伴う作品が生まれてきました。


一方で、
外の評価ばかりを意識し、
「どう見られるか」を先に考えて作った作品は、
同じ時間をかけていても、
どこか八割ほどに抑え込まれたような、
息苦しさの残る仕上がりになることもありました。
だからこれからは、
意識的に、
自分の内側から立ち上がってくる物語を、
より大切にしていきたいと思っています。
仕事のリズムが連れてくるもの
同時に、
自分の仕事そのものから、
作品が立ち上がってくることもあります。
古典柄の仕事のように、
リズムよく、手が自然に進んでいく作業。
逆に、
一つひとつ確認しながら、
なかなかリズムが掴めない仕事。
そうした日々の中で、
仕事の呼吸や場の空気が、
思いがけず作品のイメージを引き出してくれることもありました。
内側から立ち上がる物語を信じて進む作品。
日々の仕事のリズムや空気から生まれてくる作品。
この二つを行き来しながら考えていくことも、
これからの制作の一つのかたちなのかもしれません。
続けられることへの感謝
いつも考えているのは、
どうすれば、この仕事を長く続けていけるのか
ということです。
どれだけ強い印象を残す作品ができたとしても、
それが一過性のもので終わってしまえば、
仕事としては続いていきません。
注目を浴びすぎることが、
必ずしも良いことだとも思っていません。
日々の仕事があり、
その仕事をさせてもらえる環境がある。
だからこそ、
作品づくりや、新しい試みにも向き合える。
私はそう考えています。
この環境を支えてくださっている方々、
関わってくださる皆さまへの感謝は、
言葉に尽くせません。
2026年も、
焦らず、比べすぎず、
自分のペースで、
一つひとつの仕事を積み重ねていきたいと思います。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

城間栄市プロフィール 生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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