えりかさんの旅路:ブラジルから学んだ紅型の心

皆さんこんにちは。
琉球文化、そして紅型という染色の伝統を通して、多くの方と文化を分かち合えることに、日々心から感謝しています。

私たちの工房が受け継ぐ紅型は、およそ300年もの間、変わらず続いてきたものづくりです。道具や材料は時代に合わせて変化しても、「今日も一つひとつの仕事を丁寧に重ねる」という心構えは、ずっと変わりません。

昔の人は、ものづくりを「祈るように行う」と表現し、時には「思いがけず作品が生まれ出る」とも言いました。この“生まれ出る”という言葉には深い意味があると思います。作品は、強い意志や計画に基づいて生み出すこともあれば、無心で丁寧に取り組む中で、ふと自分の実力を超えたものが現れることもあります。

もしかすると、それは先人や祖先、過去の職人たちと無意識のうちにつながり、何らかの手助けを受けている瞬間なのかもしれません。その感覚に触れたとき、少しだけ自信を持てるような、背中を押されるような気持ちになります。だからこそ、私はこれからも、自分の仕事に真摯に向き合い、心を込めて作り続けたいと思っています。


ブラジルからの学び舎 ― えりかさんとの日々

さて、今回お伝えしたいのは、昨年10月から私たちの工房で学んでいた留学生、渡辺えりかさんのことです。彼女はブラジル・コンポプランジ出身の日系三世で、沖縄県の県費留学生として来沖しました。

紅型を学びたいという強い想いを持ってやってきた彼女には、実は特別な背景があります。私がまだ20代の頃、工房で紅型を学んだブラジル人女性、ソニアさんがいました。彼女は帰国後、ブラジルで紅型を教える先生となり、そのソニアさんから学んだのが、えりかさんだったのです。

何十年という時を超えて、教え子の教え子が再びこの工房にやって来る――このご縁の深さには、ただただ驚きと感謝の思いしかありません。遠く離れた土地に渡っていった沖縄の人々と、その地で芽吹いた文化の種が、こうして再びつながることは、ものづくりに携わる者として大きな喜びです。


エリカさんと私
2024年度県費留学生の修了式

10か月の歩みと修了式

えりかさんはこの10か月間、工房の職人たちと共に紅型を学び、作品作りに励みました。ときには日本語や沖縄の風習に戸惑いながらも、持ち前の明るさと探究心で日々を乗り越えていきました。

修了式で展示された彼女の作品は、その個性が存分に表れたものでした。色彩の選び方、図案の構成、細部へのこだわり――すべてが彼女らしさを映し出しています。同時に、工房の職人たちが日々丁寧に関わり、助言を重ねてきた時間が形となった瞬間でもありました。

言葉で「こういう作品を作りたい」と何度も話し合っても、最終的には形として目の前に現れた時に初めて、「ああ、こういうことを考えていたんだね」と実感できます。その過程は、やはりものづくりの醍醐味だと感じます。


これから先のつながり

修了式の場では、他の留学生たちの作品や表情からも、それぞれの歩みが見て取れました。涙ぐむ人、笑顔で語る人――そこには、国や文化を越えた交流が生んだ温かな絆がありました。

背景

SNSやインターネットの普及により、世界との距離が一気に縮まった現代。こうした時代だからこそ、文化を通じた交流はこれまで以上に強く、長く続く可能性があります。えりかさんがブラジルに帰国した後も沖縄で過ごした日々を忘れず、私たちと関係を続けていきたい──その思いから、この交流会と送別会が企画されました。

経緯

研修終了式の際、他の県費留学生やえりかさんの友人たちと話す中で「一度工房を訪れてみたい」という声が多く寄せられました。ありがたいことに、すでに城間びんがた工房の名前を知っている方も少なくなく、琉球文化や伝統工芸への関心が背景にあることを感じました。
普段は仕事場として集中するため見学の受け入れは制限していますが、今回は特別に工房見学と、その後の交流会を兼ねたバーベキューを実施することになりました。

当日の様子

交流会は夕方6時から開催されました。工房見学の後、食事は冷やしそうめんやピパーチ(八重山の胡椒)の葉の天ぷら、さらに羊・牛・豚のバーベキューを用意しました。これは、えりかさんが「ブラジルでは肉が安くて日常的に食べられるが、沖縄では高くてなかなか手が出ない」と話していたことをきっかけに、多めに用意したものです。

当日は、ペルー・ブラジル・フランス・アメリカなど様々な国からの2世・3世・4世の方々が参加。見た目やファッションはまさに多国籍でしたが、不思議と「根っこは沖縄」という共通点から、違和感なく自然に交流が広がりました。工房の職人たちとも賑やかに語らい、笑顔あふれる良い時間を共有できました。

所感・今後

私自身の代になって2回目となるこうした受け入れでしたが、少しずつ交流の輪が広がっていることを実感しました。文化を通じて結ばれた絆が、これからもより深く、長く続いていくことを願っています。いつか工房のみんなでブラジルを訪れる日が来るかもしれない──その未来を想像すると胸が高鳴ります。

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


城間栄市プロフィール 生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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