えりかさんの旅路:ブラジルから学んだ紅型の心
2025.08.16
皆さんこんにちは。
琉球文化、そして紅型という染色の伝統を通して、多くの方と文化を分かち合えることに、日々心から感謝しています。
私たちの工房が受け継ぐ紅型は、およそ300年もの間、変わらず続いてきたものづくりです。道具や材料は時代に合わせて変化しても、「今日も一つひとつの仕事を丁寧に重ねる」という心構えは、ずっと変わりません。
昔の人は、ものづくりを「祈るように行う」と表現し、時には「思いがけず作品が生まれ出る」とも言いました。この“生まれ出る”という言葉には深い意味があると思います。作品は、強い意志や計画に基づいて生み出すこともあれば、無心で丁寧に取り組む中で、ふと自分の実力を超えたものが現れることもあります。
もしかすると、それは先人や祖先、過去の職人たちと無意識のうちにつながり、何らかの手助けを受けている瞬間なのかもしれません。その感覚に触れたとき、少しだけ自信を持てるような、背中を押されるような気持ちになります。だからこそ、私はこれからも、自分の仕事に真摯に向き合い、心を込めて作り続けたいと思っています。
ブラジルからの学び舎 ― えりかさんとの日々
さて、今回お伝えしたいのは、昨年10月から私たちの工房で学んでいた留学生、渡辺えりかさんのことです。彼女はブラジル・コンポプランジ出身の日系三世で、沖縄県の県費留学生として来沖しました。
紅型を学びたいという強い想いを持ってやってきた彼女には、実は特別な背景があります。私がまだ20代の頃、工房で紅型を学んだブラジル人女性、ソニアさんがいました。彼女は帰国後、ブラジルで紅型を教える先生となり、そのソニアさんから学んだのが、えりかさんだったのです。
何十年という時を超えて、教え子の教え子が再びこの工房にやって来る――このご縁の深さには、ただただ驚きと感謝の思いしかありません。遠く離れた土地に渡っていった沖縄の人々と、その地で芽吹いた文化の種が、こうして再びつながることは、ものづくりに携わる者として大きな喜びです。




10か月の歩みと修了式
えりかさんはこの10か月間、工房の職人たちと共に紅型を学び、作品作りに励みました。ときには日本語や沖縄の風習に戸惑いながらも、持ち前の明るさと探究心で日々を乗り越えていきました。
修了式で展示された彼女の作品は、その個性が存分に表れたものでした。色彩の選び方、図案の構成、細部へのこだわり――すべてが彼女らしさを映し出しています。同時に、工房の職人たちが日々丁寧に関わり、助言を重ねてきた時間が形となった瞬間でもありました。
言葉で「こういう作品を作りたい」と何度も話し合っても、最終的には形として目の前に現れた時に初めて、「ああ、こういうことを考えていたんだね」と実感できます。その過程は、やはりものづくりの醍醐味だと感じます。
これから先のつながり
修了式の場では、他の留学生たちの作品や表情からも、それぞれの歩みが見て取れました。涙ぐむ人、笑顔で語る人――そこには、国や文化を越えた交流が生んだ温かな絆がありました。
背景
SNSやインターネットの普及により、世界との距離が一気に縮まった現代。こうした時代だからこそ、文化を通じた交流はこれまで以上に強く、長く続く可能性があります。えりかさんがブラジルに帰国した後も沖縄で過ごした日々を忘れず、私たちと関係を続けていきたい──その思いから、この交流会と送別会が企画されました。
経緯
研修終了式の際、他の県費留学生やえりかさんの友人たちと話す中で「一度工房を訪れてみたい」という声が多く寄せられました。ありがたいことに、すでに城間びんがた工房の名前を知っている方も少なくなく、琉球文化や伝統工芸への関心が背景にあることを感じました。
普段は仕事場として集中するため見学の受け入れは制限していますが、今回は特別に工房見学と、その後の交流会を兼ねたバーベキューを実施することになりました。
当日の様子
交流会は夕方6時から開催されました。工房見学の後、食事は冷やしそうめんやピパーチ(八重山の胡椒)の葉の天ぷら、さらに羊・牛・豚のバーベキューを用意しました。これは、えりかさんが「ブラジルでは肉が安くて日常的に食べられるが、沖縄では高くてなかなか手が出ない」と話していたことをきっかけに、多めに用意したものです。
当日は、ペルー・ブラジル・フランス・アメリカなど様々な国からの2世・3世・4世の方々が参加。見た目やファッションはまさに多国籍でしたが、不思議と「根っこは沖縄」という共通点から、違和感なく自然に交流が広がりました。工房の職人たちとも賑やかに語らい、笑顔あふれる良い時間を共有できました。
所感・今後
私自身の代になって2回目となるこうした受け入れでしたが、少しずつ交流の輪が広がっていることを実感しました。文化を通じて結ばれた絆が、これからもより深く、長く続いていくことを願っています。いつか工房のみんなでブラジルを訪れる日が来るかもしれない──その未来を想像すると胸が高鳴ります。





公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。