隠れた工房へ、歩いて入る【イベント】
2026.08.25







皆さん、こんにちは。
紅型を通して、琉球の文化が少しずつ広がっていくこと。これは本当にありがたいことだと、いつも感じています。
今、台風が近づいてきています。強い風が吹き、暴風警報も出たため、工房は今日、午後からお休みにしました。朝から1日お休みということはこれまでもあったのですが、午後からお休みというのは、今年はじめてのことです。
いつもは、ものを作る音や、人が歩く足音が聞こえてくる工房です。それが急に静かになると、なんだか少し寂しい気持ちになります。窓の外の風の音だけが大きく聞こえて、いつもと違う一日になりました。
こういうふうに、天気によってお休みになることは、ものづくりをする仕事にとっては、珍しいことではありません。それでも、静かな工房を見ていると、ふだんどれだけたくさんの音に囲まれているのか、あらためて気づかされます。
さて、そんな工房の様子を、実際に時間をかけて体験していただけるイベントが、少し前にありました。今日はその話をさせてください。
イベントの名前は「うちなーあまくまてくてく」といいます。「あまくま」は「あっちこっち」、「てくてく」は歩く様子を表す言葉です。つまり、あちこちを歩きながら、沖縄のことを学んでいく、そんな意味が込められています。
これは、私の昔からの知り合いである森井さんが取り組んでいる活動です。森井さんは以前、地元のテレビ局でプロデューサーをしていた方で、その頃、私たちが使っている道具を取材してくれたことがありました。豆腐から作られる、彫刻の土台となる特別な道具を紹介していただいたのです。それをきっかけに、時々情報交換をするようになり、今回のイベントにつながりました。
考えてみると、こうした縁は、狙って作れるものではありません。何気なく取材を受けたことが、何年も経ってから、思いがけない形でつながっていく。ものづくりを続けていると、こういう出来事に出会うことが、時々あります。今回も、そんな縁のひとつでした。
「あまくまてくてく」の活動は、沖縄の地元の道を歩きながら、その土地の歴史を学び、いろいろな物事を、ちょっと深く掘り下げていくというものです。話を聞けば聞くほど面白くて、詳しい人たちの熱心さにも、とても驚かされました。
普段何気なく通り過ぎている道や、見慣れたブロック塀にも、実はちゃんと理由や歴史があります。それをひとつずつ丁寧に掘り起こしていく活動だと聞いて、私自身、紅型の仕事と、どこか似ているところがあるなと感じました。目の前にあるものを、当たり前だと思わずに、じっくり見つめ直してみる。そういう姿勢が、根っこの部分で共通しているように思えたのです。
今回、私たちの工房を案内する回では、「紅型が好きな人」というより「地元の人」を中心に、参加者を募集していただきました。工房を身近に感じてもらいたい、という思いがあったからです。
台風が近づいていたこともあり、残念ながら県外から来る予定だった方が1人、参加できなくなってしまいました。それでも、定員10名のところ、11名の方が参加してくださいました。とても嬉しいことでした。
今回の参加費は5,000円です。沖縄のイベントとしては、少し高めの金額だったと思います。特に今回は型彫り体験があったため、材料費や保険料なども含めた金額になりました。それでも、参加してくださった方々からは「来てよかった」という声をたくさんいただきました。まだまだ手探りの状態ですが、少しほっとしています。
これは、今回のやり方が「正解」というわけではありません。参加費をどのくらいにするか、何人くらいで行うのがちょうどいいか、どんな順番で体験してもらうのがいいか。私たちも、どんな形が一番いいのか、一緒に試しながら進めているところです。
当日の流れを、少しだけお話しします。
まず13時に、ギャラリー杜栄に集合しました。最初の20分ほどで、「あまくまてくてく」の活動についての説明と、私からは紅型の話をさせていただきました。歴史のこと、家族のこと、道具のこと。少し長くなってしまったかもしれません。
そのあとは、たっぷり時間をかけて工房を見学していただきました。実際に職人に話しかけたり、道具を近くで見たりできる時間です。参加者の皆さんは、とても楽しそうに、興奮した様子で見て回っていました。
普段、職人たちは黙々と手を動かしています。話しかけられることに、最初は少し緊張していた職人もいたかもしれません。それでも、質問を受けて答えているうちに、だんだん表情がやわらかくなっていくのがわかりました。自分の仕事に興味を持ってもらえるというのは、やはり嬉しいことなのだと思います。




私たちの工房は、普段は見学を受け入れていません。だからこそ、こうして一つひとつの道具について、少し踏み込んだ説明ができたことは、私にとってもとても印象的な時間でした。
紅型のことを、もっと多くの人に知ってほしい。そう思う一方で、いつもは見学をお断りしています。だからこそ、こうして強い興味を持って見てくださる方々と過ごす時間は、私にとっても、とても貴重で、ありがたいものでした。





そして最後には、型彫りの体験をしていただきました。
沖縄には「花ブロック」という、お花の形をしたユニークなコンクリートブロックがあります。今回は、その花ブロックの模様を型紙に写し、彫刻刀の代わりにカッターを使って、実際に彫っていただきました。
土台に使うのは、豆腐から作られた特別な道具です。豆腐を3か月ほど乾燥させて作る、少し変わった道具なのですが、これがちょうどいい硬さになり、型紙を彫るのにぴったりなのです。この話をすると、皆さん決まって驚いた顔をします。まさか豆腐が道具になるとは、なかなか想像できないですよね。






彫り方も、少し特殊です。「突き彫り」といって、刃を突き刺すようにして彫り進めていく方法なので、初めての方にとっては、最初は戸惑うことも多かったと思います。線をまっすぐ引くのではなく、点を打つように、小さく刃を進めていく。頭で分かっていても、手はなかなか思うように動いてくれません。
それでも、参加者の皆さんは真剣な表情で、じっくりと型紙に向き合っていました。上手にできたかどうかよりも、実際に道具に触れ、自分の手を動かしてみたということ自体が、大きな体験になったのではないかと思います。私たちにとっても、その真剣な横顔を見られたことは、嬉しい時間になりました。
今回のイベントを通して、あらためて感じたことがあります。それは、紅型という仕事を、言葉だけで説明するよりも、実際に見て、触れて、体験してもらうことの方が、ずっと多くのことが伝わるということです。
写真や文章では、道具の重さや、においや、彫るときの手ごたえまでは伝わりません。実際にその場に立ち、自分の手で体験して、はじめて分かることがたくさんあります。今回、参加してくださった皆さんの表情を見ていて、そのことを強く感じました。
工房は、ものづくりに集中したい場所です。だからこそ、いつでも誰でも見学できる場所ではありません。けれど、こうして少しずつ、心を開いて紹介できる機会があることは、私たちにとっても、大切な学びの時間になっています。
見学を受け入れないことと、知ってもらいたいという気持ちは、一見すると矛盾しているように思えるかもしれません。けれど、私の中では、この2つはちゃんとつながっています。いつも開いているわけではないからこそ、こうして機会をつくったときに、より深く、より丁寧に、紅型のことを伝えられるのだと思うのです。
これからも、こうした形での出会いを、少しずつ増やしていけたらと思っています。今回参加してくださった皆さん、そして森井さん、本当にありがとうございました。
台風が過ぎたら、工房にはまた、いつもの音が戻ってくると思います。それまでの間、少し静かな時間を、私たちも大切に過ごしたいと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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