音と色が出会うとき、私たちは思い出す【イベント】
2026.02.28
箏と紅型のあいだで
― あのときの問いの続き ―
こんにちは。
いつも紅型を見てくださって、ありがとうございます。
今回、「箏と紅型」という時間を、町田倫士くん、髙井賢太郎くんと一緒につくることになりました。
町田くんと最初にしっかり話したのは、あるシンポジウムの会場でした。
登壇者としてではなく、
終わったあとの、少しざわついた空気の中で。
「芸能って、この先どうなるんでしょうね。」
彼がぽつりとそんなことを言ったのを、今でも覚えています。
まだ彼は沖縄県立芸大に在籍していた頃。
僕はすでに工房を背負っていました。

年は一回り近く離れている。
立場も違う。
でも、考えていることは不思議なくらい同じでした。
それから、何かのタイミングで顔を合わせるたびに、
自然と同じ話になるのです。
工芸の未来ってどうなるんだろう。
芸能はこのままでいいのかな。
琉球って、これからどこへ向かうんだろう。
答えが欲しいわけではなく、
ただ確かめるように、
何度も何度も。
沖縄は、小さな島ですが、
いつも大きな波の中にいます。
戦争の記憶もある。
復帰の歴史もある。
観光の良い面、困る面もある。
そして今は、
目に見えない揺らぎの中にいるように感じます。



情報は速く、
変化は激しく、
伝統という言葉も簡単に消費される。
そんな中で、
僕たちは「温度」の話をします。
琉球の温度って何だろう。
この島の倍数って何だろう。
説明できないけれど、
確かに感じるもの。
夕暮れの湿った空気や、
遠くで聞こえる三線の音、
祭りのあとの静けさ。
ああいうものを、
どうやって次に渡せるだろう。
町田くんたちは、日々舞台に立っています。
音を出し、身体で語り、芸能を続けている。
僕は、型を置き、糊を引き、色を差している。
やっていることは違うようで、
たぶん同じ根を見ている。
派手な完成形の裏にある、
地味で、静かで、誰にも見えない時間。
それを信じられるかどうか。
今回の舞台は「素踊り」。
化粧や装束に頼らず、
身体そのもの、音そのもので立つ。
その話を聞いたとき、
なんだか嬉しかった。
削っても残るもの。
飾らなくても立てるもの。
紅型も、そうありたいと思っています。
鮮やかな色の裏に、
静かな積み重ねがある。
その静けさが、
琉球の芯なのかもしれない。
あのシンポジウムの日、
未来の話をしていた青年は、
今、それぞれの立場で責任を背負っています。
僕も、迷いがなくなったわけではありません。
これでいいのか。
このやり方で残るのか。
彼もきっと、同じように揺れていると思います。
だから、会うとまた話してしまう。
「この島の文化、どうなるかな。」
「箏と紅型」は、
何かを証明する場ではありません。
音があり、
色があり、
そこに人が集まる。
その空間で、
何かが静かに響けば、それでいい。
説明しなくても、
心のどこかに残るもの。
もしそれがあるなら、
文化はまだ大丈夫だと思える。
あのときの問いは、まだ続いています。
芸能はどこへ向かうのか。
工芸はどう生きるのか。
琉球の温度を、どうやって次に渡すのか。
答えは出ていません。
でも、こうして一緒に時間をつくること自体が、
ひとつの誠実さだと思っています。
よんな〜よんな〜。
急がず、でも止まらず。
当日、
音と色のあいだで、
同じ空気を吸えたら嬉しいです。
その先に何があるのかは、
まだ僕にも分かりません。
けれど、
あの日シンポジウムで交わした問いは、
今もちゃんと、生きています。
城間栄市プロフィール
紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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