海の向こうで“故郷”を編み直す【工房時間】

海を越えて、物語は続く

― ルーツを辿るということ ―

先日、ひとつの知らせが届きました。

2023年に県費留学生として、約半年間私たちの工房に滞在していたエリカ・クニヒサさん。日系四世として、自らのルーツを知りたいという思いから沖縄を訪れた彼女の歩みが、短編ドキュメンタリー作品『Homecoming』として上映されることになったという報告でした。

作品のタイトルは『いちゃりばちょーでー』。
彼女が好きだと話していた沖縄の言葉で、「一度会えば兄弟」という意味を持ちます。

その知らせを受け取ったとき、三年前の時間が静かに立ち上がってきました。

エリカさんは、とても穏やかな人でした。
声を張ることもなく、必要以上に自分を語ることもない。けれど、目の前のことには真っ直ぐで、与えられた課題に対して誠実でした。いつもどこかご機嫌で、淡々と、しかし確実に積み重ねていく。

その「静かな強さ」は、時間が経つほどに際立っていきました。

私たちの工房は、特別な演出のある場所ではありません。
世代も背景も異なる職人たちが、それぞれの持ち場で日々制作を続けています。華やかさよりも、静かな積み重ねが中心にあります。

その空間の中に、彼女も自然に溶け込んでいきました。

道具の扱い方。
色の重なり。
作業のリズム。
言葉の間。

彼女はそれらを、自分のものにしようと焦るのではなく、まず受け取ろうとしていました。
無理に入り込むのでもなく、遠慮しすぎるのでもなく、ちょうどよい距離で、しかし真剣に。

その姿勢は、周囲にも伝わっていました。

彼女が素直で、ご機嫌で、丁寧だったからこそ、職人たちもまた自然と丁寧に関わっていたように思います。技術だけでなく、その背景にある考え方や心持ちまで、言葉を選びながら伝えていた。

文化は、教え込むものではなく、受け取り合うものなのだと、あの時間は改めて教えてくれました。

沖縄という土地は、日本の最南端にありながら、中国や東南アジアと交流を重ね、文化を育ててきました。外から来たものを拒まず、そのまま真似るのでもなく、自分たちの色に染め直してきた島です。

エリカさんが求めていたのは、完成された答えではなく、その“染め直す力”だったのではないかと今は思います。

今回上映される作品には、日本人の海外移住の歴史、沖縄の近現代史、戦争の記憶、そして焼け野原から紅型を再興した歩みが織り込まれていると聞きました。

ルーツを辿るということは、誇らしい部分だけでなく、複雑さや痛みとも向き合うことです。それでもなお、その先にある未来を自分で選び取るということでもあります。

工房を離れる日、私は彼女にひとつの言葉を伝えました。

「奪い合うよりも認め合うこと。
争うよりも、表現すること。
それが私の思う琉球の心です。」

その言葉を、彼女は静かに受け止めていました。
大きく頷くわけでもなく、派手な反応もない。ただ、確かに心にしまったように見えました。

三年が経ち、彼女は今、言葉を扱う仕事をしながら、沖縄や移民の歴史を伝える活動にも関わっています。そしてアメリカで、紅型の新しい形を模索しているといいます。

それは沖縄の紅型をそのまま持ち出すことではなく、彼女自身の土地で、彼女自身の文脈で、再び染め直していくということなのでしょう。

文化は固定されたものではありません。
移動し、出会い、問い直されながら、少しずつ形を変えていきます。

三年前、工房の片隅で静かに作業をしていた一人の女性の時間が、いま映画となり、また別の場所へと広がっていく。

それは特別な出来事であると同時に、沖縄という島が長い時間をかけて繰り返してきた営みの、ひとつの延長線なのかもしれません。

私たちの工房も、その循環の中の小さな一点にすぎません。
けれど、その一点からまた新しい線が伸びていくことを思うと、日々の仕事が少し違って見えてきます。

エリカさんが好きだと言っていた「いちゃりばちょーでー」という言葉。
出会いは、通り過ぎるものではなく、物語を生み出す種なのだと教えてくれる言葉です。

そしてその物語は、彼女だけのものではありません。

ルーツを知ること。
受け取ったものを、次の場所で染め直すこと。
そしてまた誰かと出会うこと。

海を越えて、物語は続いていきます。

もしかすると、あなたの中にも、まだ名前のついていない物語が静かに眠っているのかもしれません。

2023年3月 県費留学生終了式

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城間栄市プロフィール 

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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