青の記憶、沖縄の心 Bingata and Indigo: Continuity and Transformation
2025.09.14
作品解説 藍空(あいぞら)
いつも「びんがた」を見てくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
私たちが紅型を通して琉球文化を伝えていけるのは、ひとえに皆さまの好奇心や関心があってこそ。その関心が、私たち職人にとって挑戦を続ける原動力になっています。
今回ご紹介する作品「藍空(あいぞら)」は、まさにその挑戦の結晶です。
台湾との出会いから広がる視点
先日、台湾からのお客様をご案内しました。国際通りにあるコレクティブホテルに私の作品が展示されているご縁から、関係者の方々が工房を訪れてくださったのです。
台湾といえば、私にとっても特別な場所です。7〜8年ほど前、工房の仲間とともに台湾を訪れたことがあります。街を歩けば工芸が息づき、生活の中に手仕事が根付いている。藍染めの工房や市場を巡りながら、それぞれの土地ごとに異なる工芸の育ち方を目にし、驚きと発見の連続でした。
特に印象的だったのは、日本の琉球藍に非常に近い、あるいはほとんど同じといってよい藍が台湾でも使われていたこと。気候や風土が似ているからでしょうか、藍の色合いや匂いまでもが重なり合うように感じられました。自然環境は共通しているのに、そこから生み出される工芸や文化の表現の仕方は地域ごとに異なる。その多様性に私は心を動かされました。
「藍空」は、そうした体験や記憶を背景に生まれた作品でもあります。
藍と夏 ― 子どもの記憶と工房の時間
私にとって藍は、夏そのものと結びついています。
工房で藍染を行うのは主に6月から11月。10代の頃から母の手伝いをしながら藍に触れ、藍の香りが立ち込めると「ああ、夏が来た」と感じてきました。藍の独特な匂いは、夏の始まりを告げる合図のようなものでした。
この作品では、その感覚をどう表現できるかを考えました。黒潮の力強い海の底から、抜けるような夏空へとつながっていく色のグラデーション。その広がりを布の上に描き出すこと。それは沖縄の自然がもたらす「日常の物語」と、技法への「新しい挑戦」とを重ねる試みでした。

沖縄の物語と技法への挑戦
私は作品をつくるたびに「沖縄の物語」と「技法への実験」、この二つを必ず意識します。
民謡や祖先の語り、あるいは人々の何気ない会話の中に潜むストーリー。そうした沖縄の日常の物語を感覚的に受け取り、作品へと結びつけてきました。そして、その物語をどのような技法で表現するのが最もふさわしいのか、常に模索を続けています。
今回の「藍空」では、布地にまず多彩な色を筆で置き、その上から糊(もち米と米ぬかで作る糊)を施し、さらに砂を振りかけて糊が直接布にくっつかないようにします。その後、布全体を藍に浸す。この工程を繰り返すことで、藍の深みと透明感が重なり合い、抜けるようなグラデーションが生まれます。
この技法は「紅入り藍型(びんいりあいがた」と呼ばれるもの。紅型特有の鮮やかな彩色と、藍染めの奥行きある青が交差することで、沖縄のエメラルドグリーンの海、そこに揺れる多様な生き物たち、そして見上げた夏空へとつながっていく世界が浮かび上がります。



模様がつなぐ ― 海から空へ
「藍空」でもうひとつ挑戦したのは、柄のつながり方です。
着物は布を縦横に裁って仕立てるため、模様の連続性を保つことが難しい。その制約の中で、海から空へと果てしなく広がっていく世界をどう表現するか。
私は方眼紙を使い、模様を45度の角度で斜めに流すことで、着物の仕立てに沿いながらも連続性を保てるよう工夫しました。海の揺らめきから空の広がりへとつながっていく感覚を、着物という形に収める。その試みが「藍空」のもうひとつの挑戦でした。

「藍空」に込めた願い
私が子どもの頃から見上げてきた夏の空。
そして、沖縄の人々が何世代にもわたり見つめてきた藍の色。
「藍空」には、その普遍的な景色と、私自身の記憶、さらには沖縄という土地の文化的な記憶を重ねています。工房の歴史や藍染めの伝統に基づきながらも、常に新しい表現を模索する姿勢。そこには、未来へと続く道を切り開きたいという思いがあります。
工芸は過去のものではなく、今を生きる人々の好奇心と関わり合いながら未来へとつながっていくものです。皆さんが「藍空」を見て、ご自身の中にある夏の記憶や海の景色、あるいは心に残る物語を思い出していただけたなら、それがこの作品の本当の完成だと思っています。
最後に
「藍空」は、沖縄の自然が生み出す藍と空、そして私自身の物語を重ねた作品です。
布に染められた青の濃淡には、黒潮の力強さ、海に揺らめく生き物たちの命の輝き、そして夏空へと広がる解放感を込めました。
どうぞこの作品を通して、ご自身の物語と沖縄の物語をつなげてみてください。
そこに広がるのは、一枚の布を超えて、あなたと沖縄、そして未来を結ぶ「藍の空」です。








公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。