“型紙”がつなぐ、伝統とあなた――首里工房の手しごと日記【工程説明】

紅型に息づく“琉球のこころ”

〜首里の工房から、皆さまへ〜

皆さん、こんにちは。

いつも城間びんがた工房に目を向けてくださり、ありがとうございます。
「知りたい」「見てみたい」と思ってくださるその気持ちが、私たちの日々を静かに支えています。

工房での仕事は、とても地道です。
型紙を彫り、糊を置き、色を挿し、水で洗い、乾かす。
特別なことをしているというより、同じ動きを重ねているようにも見えるかもしれません。

けれど、その繰り返しの中に、紅型の本質があります。


琉花音 2025年 西部伝統工芸展

私はこの首里の工房で生まれ育ち、いま16代目として制作と運営に向き合っています。

私の仕事は、まず図案を起こすことから始まります。
デザインを描き、型紙を彫り、最初の一枚を自分の手で染め上げる。

その一枚が軸になります。

そこから、22人の職人が再現性をもって制作に入ります。

しかし“再現”とは、単純なコピーではありません。
一つひとつの工程の強度が非常に高いため、
緻密な計算と経験がなければ、同じ空気は生まれません。

型置き

紅型の制作工程は、決して単純ではありません。

型紙を彫る。
布に置き、糊を置く。
乾燥させる。
色を挿す。
隈取りをする。
水元で洗い、色を定着させる。

どの工程も、掘り下げれば終わりがありません。

たとえば色差し。

「色を塗る」と言えば簡単ですが、
染料の濃度はすべて適切でなければなりません。

濃度が少しでも違えば、
濁った色になったり、明るすぎたり、
詰まった重たい色になってしまうこともあります。

布の質感、湿度、下に入る色との関係。
その都度、調合を変えます。

作り置きはしません。

一枚ごとに、すべての色を作り変えます。

そのくらい見つめなければ、
良い色にはならないのです。

50年近く色差しを続けている職人がいます。
それでも「今日の赤はまだ途中だ」と言います。

完成は、ありません。


型彫りも同じです。

刃物の角度、紙の繊維、
ほんのわずかな力の違いで線の印象は変わります。

一本の線は、終わりのない探求です。

だからこそ、私たちはそれぞれの専門性を重ねていきます。

一人でも欠ければ、同じ空気は生まれません。

そして誰か一人が突出しているというよりも、
それぞれが補い合いながら、一枚を完成へ導いていく。

もしかすると、琉球時代のものづくりも、
こうした姿勢だったのではないかと私は思っています。

一工程を深く掘り下げる。
けれど孤立はしない。
全体を見ながら、互いの仕事を支え合う。

その中で生まれる緊張感と信頼。


私の立場は、最初の一枚を示すことです。

けれど同時に、
それぞれの個性がどうすれば生きるのかを考えることでもあります。

それぞれが、それぞれの個性のままに、
どうやったら仕事の中で輝けるか。

それを私は、自分の“1丁目1番地”に置いています。

技術の完成を目指すのではなく、
個性が自然に活かされる構造をつくる。

それが、いまの私の役割です。


祖父の時代、戦後の瓦礫の中で、
型紙はすべて失われました。

祖父は時計の針や金属片を拾い、刃物をつくり、
赤瓦を砕いて色をつくりました。

それは大きな理念というよりも、
ただ「続ける」という選択だったのだと思います。

終戦後レコード 薬莢など 手に入る廃品から染色道具を作りました
終戦後は紅型の技術で ポストカードを作りました。

ないなら、探す。
なければ、工夫する。

その姿勢が、いまの工房にも残っています。


沖縄は小さな島です。

外から来たものを、そのまま受け入れるのではなく、
この土地の光で解釈し直してきました。

紅型もまた、翻訳の文化です。

私はいま、
紅型を守るというより、
どう循環させるかを考えています。

若い世代にどう届くか。
世界とどう対話できるか。

まだ答えはありません。

ただ、問いを持ち続けています。


このホームページは、
染め場のもう一つの入口です。

完成品だけでなく、
その裏にある計算や迷い、
探求の途中も、少しずつ共有できたらと思っています。

もしこの文章を読んで、

「一枚の布の裏に、そんな時間があるのか」

と感じていただけたなら、それで十分です。

紅型は、作る人だけでは続きません。
見る人、感じる人、関心を持つ人。

そのすべてが循環の一部です。

首里の一角で、
今日もまた一枚、色が重ねられています。

その色がどこへ届くのか。

私自身も、まだ見ている途中です。

紅型に、時間と祈りを宿す

私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。

布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。


城間栄市プロフィール 生い立ちと紅型との距離

1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。

幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。

本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。


外の世界で学んだこと

2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。

異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。

この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。


受賞・出展についての考え方

これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。

こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。

一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。


制作について

制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。

代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。

新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。


今、そしてこれから

現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。

これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。

これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。


おわりに

公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。

Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。

どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。

この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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