“型紙”がつなぐ、伝統とあなた――首里工房の手しごと日記

紅型に息づく“琉球のこころ” 〜首里の工房から、皆さまへ〜

皆さん、こんにちは。
いつも城間びんがた工房の取り組みに温かいご関心を寄せてくださり、心から感謝申し上げます。日々、皆さまの好奇心や「知りたい」「見てみたい」「触れてみたい」といった想いが、私たちの挑戦の原動力になっています。「一隅を照らす」という言葉がありますが、まさにその光のような皆さまの存在が、工房にとっての希望そのものです。本当にありがとうございます。

琉花音 2025年 西部伝統工芸展

私自身は、沖縄・首里城のほど近くにあるこの工房で、紅型の家に生まれ育ち、現在は16代目として工房の主(ぬし)を務めています。首里という土地は、古くから文化と歴史が積み重なってきた場所。私たちの工房は戦後まもなく父や祖父たちによって立て直され、私が3歳の頃に今の建物が出来ました。2階が家族の住居で、1階と3階には今も職人さんたちが真剣なまなざしで仕事に取り組む姿があります。工房には戦後から今まで、常に20人前後の職人が在籍し、各々の持ち場で伝統の技を守り、そして進化させています。

振り返ると、幼い頃の私はよく工房の隅で、仕事中の父のそばで過ごしていました。父があぐらをかきながら染色や型彫りをしている姿、古い資料や型紙に囲まれて、子守をしてもらった日々。その頃から私は、古いものを手に取り、じっくり眺めて想像をふくらませるのが大好きでした。時には「これは誰が作ったんだろう?」「どんな思いで彫ったのかな?」と、型紙一つひとつに込められた職人たちの個性や情熱を想像し、胸がワクワクしたものです。

紅型の型紙には、長い歴史のなかで名を残した職人もいれば、あえて名前を記さず静かに仕事を終えた人もいます。切り口の美しさ、線のリズムや強弱、時にエモーショナルで色気のあるタッチ──そこには一人ひとりの人生や美意識が刻み込まれていると感じます。数週間、時には数ヶ月もかけて完成させる型紙。その間、ひたむきな集中力と丁寧な仕事ぶりが必要で、型紙の断面やカーブ、力強い直線からは、その人なりの呼吸や心の在り方までもが伝わってきます。

私の役割は、工房主としてのマネジメントや情報発信もありますが、やはり根っこにあるのは「ものづくり」への強い思いです。デザインを考え、型紙を彫り、染め上げ、作品として完成させるまでの一連の工程。そのすべてが、私にとっては自己表現であり、人生そのものでもあります。

紅型は、色彩の豊かさが大きな魅力です。どんなに素晴らしい型紙も、どんなに思いを込めても、色をどう重ね、どう調和させるかでまったく異なる作品に生まれ変わります。手染めならではの偶然性、染料のにじみや深みが加わり、一点一点まったく違う表情が生まれる──そこが伝統工芸の面白さであり、やりがいだと日々感じています。

型紙に刃物を入れるときの“タッチ”は、職人一人ひとりの息遣いそのものです。エモーショナルな線や色気のあるカーブ、ピンと張り詰めたようなエッジの効いた輪郭。それは、まるで作り手の人生や心の揺れまでもが、静かに、そして力強く型紙に刻まれているようです。

私は、型紙のデザインや新しい作品に向き合うとき、「どんな切り口がどんな印象を生むのか」「どんな線が新しい紅型の表情になるのか」と、日々確かめるように制作を重ねています。何度も試作を重ね、時には昔の職人たちの型紙に触発されながら、自分自身の手で“今”の紅型を生み出す。その繰り返しが、私の日常であり、ささやかな幸せです。

実は、工房には昔から型紙を彫る彫り職人さんも、女性・男性を問わず常に2人から3人はいます。時代とともに道具や工程も変化してきましたが、「自分らしいものづくり」「沖縄らしさを表現する」という根本の部分は、どんな時代も変わりません。

私たちがここ首里で紅型を続ける理由──
それは、沖縄という小さな島が、中国や日本といった大国に挟まれながら、独自の文化と美意識を育んできた、その誇りを未来につなぎたいからです。紅型は、ただの染物ではなく、琉球の自然や人々の暮らし、そして歴史の積み重ねが染み込んだ“生きた文化”です。

そしてこの「型紙」には、特別な歴史と思いが込められています。実は、沖縄戦で工房にあった全ての型紙が失われてしまいました。すべてが焼けてなくなったその後、祖父・栄喜は「型紙をもう一度残すのだ、増やすのだ、復元するのだ」という強い意志を抱き、戦後復興の柱として型紙づくりに情熱を燃やしたと伝えられています。

祖父のこんなエピソードが残っています。何もない中、捨てられていた時計の針や秒針を拾い、砥石で丁寧に研いで刃物に仕立て、落ちていた紙を集めて初めての型紙を作った――薄暗い家の中、最初の型紙が完成した瞬間、祖父は「これでまた希望が生まれる」と、復興への小さな光を見出したのだそうです。

そうした物語が今も私たちの工房に息づいています。過去から受け継いだ思いと、多様な職人たちの個性が重なり合い、「型紙」は今もこの場所で、未来への希望とともに生まれ続けているのです。

紅型に携わる者として、「今」の息遣い、「今」の色を重ねながら、過去と未来をつなぐ“架け橋”でありたいと願っています。そして、皆さまがこの工房のコラムやSNS、展覧会やワークショップを通して「紅型って面白い」「沖縄の文化って奥深い」と少しでも感じてくださったら、それが何よりの励みです。

私はこれからも、古い型紙に触れながら、新しい表現に挑戦し続けます。
工房での日々や、職人たちの物語、作品のひとつひとつが、皆さまの心に届き、日々の暮らしの小さな彩りになればと願っています。
どうぞ、これからも城間びんがた工房の歩みを見守り、時には応援していただけたら嬉しいです。

公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。

紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。

城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。

学歴・海外研修

  • 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
  • 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。

受賞・展覧会歴

  • 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
  • 平成25年:沖展 正会員に推挙
  • 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
  • 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
  • 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
  • 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
  • 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞

主な出展

  • 「ポケモン工芸展」に出展
  • 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
  • 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展

現在の役職・活動

  • 城間びんがた工房 十六代 代表
  • 日本工芸会 正会員
  • 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
  • 沖縄県立芸術大学 非常勤講師

プロフィール概要

はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。

これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。

私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。

20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。

最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。

メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。