「染めの季節がやってくる – うりずんと藍の香り」

沖縄の「うりずん」──春を告げる南風と琉球文化の息吹

いつも城間びんがた工房のコラムをご覧いただき、誠にありがとうございます。今回は、沖縄ならではの季節「うりずん」について、文化的背景や自然環境とのつながりを交えながらお伝えしたいと思います。紅型(びんがた)や藍染の創作にも深く関わるこの時期の魅力を、少しでも感じていただけたら幸いです。


「うりずん」とは?

沖縄では、北風から南風へと移り変わる春先の時期を「うりずん」と呼んでいます。日本全体でいうと暦の上では春にあたる頃ですが、亜熱帯気候の沖縄では、湿気を含んだ南風が一気に暖かさを運んでくるのが特徴です。冬の乾いた空気から一転し、大地がしっとりと潤いを取り戻すような感覚があり、草木や生き物が活気を帯びてくるのを肌で感じることができます。

  • 語源の説: 「うるおい」の多い時期を示すことからこの名が付いたとする説もあるようですが、実際の由来ははっきりしていません。ただし、この時期ならではの生命力溢れる風景を見ると、そう呼ばれるのもうなずけます。
  • 湿度の上昇: 気候的には湿度が高くなり、亜熱帯らしいモワッとした空気に包まれます。冬場より2割増しでテンションが上がる、そんな独特のワクワク感を覚える方も多いのではないでしょうか。

花々が彩る「うりずん」の風景

沖縄は一年を通して花が咲き誇る温暖な土地ですが、うりずんの季節にはより鮮やかな風景が広がります。

  • デイゴ: 沖縄を象徴する花の一つで、力強い赤やピンクの花が青空によく映えます。その鮮烈な色合いは、まるで生命力そのものを象徴しているかのようです。
  • グンバイヒルガオ: 海辺の砂浜を淡い紫色の花で彩り、南風を受けてゆらゆらと揺れる様子がなんとも可憐です。
  • ハイビスカスやブーゲンビリア: 沖縄では一年中見ることができますが、うりずんの湿った空気の中で、いつも以上に鮮やかさが引き立つように感じられます。

紅型と自然──色彩や図案への影響

私たちが手がける**紅型(びんがた)**の制作においても、沖縄の自然や季節感は欠かせないインスピレーション源です。

  • 色彩: 沖縄の海を思わせる藍色、豊かな森をイメージさせる深い緑、夕陽に染まる琉球松を連想させる赤や黄色……。南国ならではの強いコントラストが、紅型特有の鮮やかさをより際立たせます。
  • 図案: デイゴやグンバイヒルガオ、ハイビスカスなど、南国の植物モチーフを取り入れることで、作品の中に「風」や「光」の動きを表現することも。亜熱帯気候の湿度や光の強さを作品に込めることで、琉球文化の空気感を伝えたいと考えています。

藍染の時期が始まる高揚感

個人的にも、うりずんになると「藍染の季節が来た!」と胸が高鳴ります。工房では400リットルの大きな甕(かめ)で藍を発酵させており、南風が吹き抜けると独特の発酵臭が広がるのです。

  • 藍の発酵: まるで生き物のように呼吸している藍液の様子を見極めながら染めを行うのは、職人としての“感覚”が試されるときでもあります。
  • DNAが反応?: 小さい頃から慣れ親しんだ藍の香りを嗅ぐと、不思議と「夏が来た!」という喜びが込み上げます。もしかすると、琉球王朝時代から続く文化を受け継いでいる私たちのDNAがそう感じさせるのかもしれません。

食卓にも色彩があふれる

うりずんの季節には、畑や市場にもカラフルな恵みが増えてきます。

  • パパイヤやマンゴー、島バナナ: スイーツのような甘みと鮮やかな色彩が南国らしさを演出します。
  • 島ニンジンやゴーヤー: 色彩的にも栄養的にもパワフルな野菜たちが旬を迎え、沖縄料理のテーブルを華やかにしてくれます。
    食材の鮮やかな色使いは、紅型と共通する南国の豊かなカラーパレットを実感させてくれます。

文化の交差点・沖縄

沖縄は日本最南端の離島であると同時に、アジアの玄関口としてさまざまな文化が行き交う場所でもあります。

  • インドネシアでの“チャンプルー”発見: 私が20代でインドネシアを訪れたとき、「チャンプルー(混ぜる)」という言葉を知りました。沖縄の「ゴーヤーチャンプルー」と同じ発音、同じ意味を持つこの言葉に驚くと同時に、遠く離れた南国の人々も穏やかに暮らしている姿が、沖縄とよく似ていると感じました。
  • 混ざり合う文化: こうした南国ならではののんびりとした空気感や多彩な文化の交じり合いが、沖縄の伝統工芸に自然と反映されているのです。

まとめ:うりずんが運ぶ希望

冬の乾いた風から、南風が運ぶしっとりした空気へ。うりずんは、沖縄の自然と文化がさらに活気づく大切な季節です。紅型や藍染の色彩も、ここでしか味わえない気候や湿度を背景にしてこそ生き生きと映えます。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。紅型を通じて琉球の文化を少しでも皆様にお届けできることを、心より感謝しております。これからもうりずんの風を感じながら、私たちはさらに新しい作品づくりに挑戦してまいります。引き続き城間びんがた工房をどうぞよろしくお願いいたします。

城間栄市 (しろま・えいいち) プロフィール

生年・出身

昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ち、幼少期より琉球びんがたに親しむ。

学歴・海外研修

  • 平成15年(2003年)から2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
  • 帰国後は城間びんがた工房にて琉球びんがたの制作・指導に専念。

経歴・受賞・展覧会歴

沖展(沖縄タイムス社主催公募展)

  • 2000年(第52回):初入選
  • 2003年(第55回):奨励賞
  • 2008年(第60回):奨励賞(「ゴマアイゴ紋様」)
  • 2010年(第62回):奨励賞(「上昇波(ジョウショウハ)」)
  • 2011年(第63回):沖展賞(「イナズマ ガンガゼ」)、準会員推挙
  • 2012年(第64回):準会員賞(「すくゆい」)
  • 2013年(第65回):準会員賞(「紅型着物『雲を読む』」)、会員推挙

西部工芸展

  • 平成24年(2012年):第47回 西部伝統工芸展 福岡市長賞
  • 平成26年(2014年):第49回 西部伝統工芸展 奨励賞
  • 令和3年(2021年):沖縄タイムス社賞
  • 令和5年(2023年):西部支部長賞

日本伝統工芸会

  • 平成25年(2013年):沖展 正会員に推挙
  • 平成27年(2015年):日本伝統工芸展 新人賞受賞、日本工芸会 正会員に推挙

その他の活動・受賞

  • 令和4年(2022年):MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞
  • 「ポケモン工芸展」に出展
  • 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
  • 令和6年(2024年):文化庁「技を極める」展に出展
  • 2014年:城間びんがた工房 十六代継承

現在の役職・活動

  • 城間びんがた工房 十六代 代表
  • 日本工芸会 正会員
  • 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
  • 沖縄県立芸術大学 非常勤講師

プロフィール概要

城間 栄市(しろま・えいいち)は、昭和52年(1977年)生まれの琉球びんがた作家。城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として生まれ育ち、幼少期から伝統工芸の世界に馴染む。
平成15年(2003年)から2年間、インドネシアでバティック(ろうけつ染)を学び、帰国後は琉球びんがたの技法を継承しながら、海外の経験を活かした新しい表現を追求し続けている。

数々の受賞歴を有し、日本工芸会 正会員や沖展染色部門の審査員など、多方面で活躍。文化庁やMOA美術館主催の展覧会にも出展を重ね、琉球びんがたの魅力を国内外へ発信している。現在は城間びんがた工房の十六代代表として制作・指導にあたりつつ、沖縄県立芸術大学の非常勤講師として後進の育成にも努めている。