「ティンザケー」を眺めて――首里の暮らしと工芸
2025.07.25
〜紅型に込める想い〜
こんにちは。
城間びんがた工房・16代目の城間栄市です。
私たちのホームページをご覧いただき、本当にありがとうございます。
私たちの工房は、那覇市首里の地にあります。
琉球王国の歴史と文化が今も色濃く息づく首里で、300年以上にわたり紅型を作り続けてきました。
この仕事を、首里の空気の中で続けられていることに心から感謝しています。
首里で育む「琉球らしさ」
首里は、琉球王国時代から文化と人が行き交い、多くの歴史が重ねられてきた場所です。
王城であった首里城を中心に、伝統芸能や染織、建築、食文化など、沖縄独自の美意識が脈々と受け継がれています。
この土地に暮らす人々の心には、どこかゆるやかで、どこか誇り高い「首里らしさ」が流れています。
琉球王国の栄華を見守りながらも、時代の波に揉まれ、幾度も立ち上がってきた――
そんな首里の“強さとしなやかさ”が、今も日々の営みや工房の空気に宿っていると感じます。
工房の日々は、静かで素朴なものです。
沖縄の太陽の下、たまに吹く涼しい首里の風を感じながら、ゆったりと時間が流れていきます。
忙しさに追われがちな現代ですが、ふと立ち止まって首里の坂道や城壁、赤瓦の屋根を眺めていると、心の中に「何か大切なもの」がしみじみと湧き上がってくる気がします。
首里の風景とともに
私が好きなのは、首里の高台から見る那覇の街と、その向こうに広がる海。
夕暮れ時になると、首里城のシルエットがオレンジ色に染まり、遠くに慶良間諸島の島影が浮かび上がる――
そんな光景に、幾度となくインスピレーションをもらってきました。

工房の仕事は地味でコツコツとした積み重ねですが、首里の自然や暮らし、そして歴史が、知らず知らずのうちに作品づくりに息づいていると感じています。
首里には「昔ながら」の時間が流れています。
路地裏で近所の人たちがゆんたく(おしゃべり)していたり、石畳を三線(さんしん)の音が流れてきたり――
そんな何気ない日常が、私の創作の原点です。
紅型に込める首里の心
紅型には、首里や沖縄の海や空、花や魚、そして島で暮らす人たちの思いや願いが詰まっています。
一つ一つの色や模様には「みんなが幸せでありますように」「この土地がいつまでも美しくありますように」という祈りが込められているのです。
私たちは、「首里で生まれ、首里で育った紅型」という誇りを大切にしています。
この土地の空気や人の温かさ、歴史が作品を通して伝わるように――そんな想いで、一枚一枚心を込めて染めています。
首里の“ゆるさ”と“あたたかさ”を大切に
首里の人たちは、どこか控えめで、けれども芯が強い。
伝統や誇りを大事にしながらも、新しいことに挑戦する柔らかさも持っています。
私たち工房も、そんな首里の気質を受け継ぎながら、「自分たちらしさ」を大事にしています。
仕事はもちろん真剣に取り組みますが、たまには首里の路地を散歩しながら、のんびり考えごとをしたり、ゆっくり景色を眺めたりする時間も忘れません。
昔から「首里人は思いやりが深い」と言われてきました。
工房に訪れる方やお客様とのご縁も、ひとつひとつ丁寧に大切に育てていきたいと思っています。
未来へ、首里の文化とともに
紅型は、まだまだ若い人たちにはあまり知られていないかもしれません。
でも、それでいいと思っています。
伝統は急いで広げるものではなく、じっくりと根を下ろしていくものだから。
このホームページやSNSを通して、「首里の紅型って素敵だな」「なんだか面白そう」と思ってもらえる若い人が一人でも増えてくれたら、それが一番嬉しいです。
首里の坂道や赤瓦の屋根、石畳と緑の木立――そんな風景とともに、紅型の美しさや沖縄らしさを、これからも伝えていきたい。
私たち城間びんがた工房は、これからも首里の地で、一人ひとりの想いを作品に込めて、日々コツコツと歩んでいきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
首里の空の下で、皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。






紅型に、時間と祈りを宿す
私は紅型を、単なる染色技法ではなく、
沖縄という土地で積み重ねられてきた時間や祈り、
そして暮らしの感覚を受け止める「文化の器」だと捉えています。
布に色を置くという行為の奥には、
自然へのまなざし、人への想い、
そして生き方そのものが静かに重なっています。
その感覚を、できるだけ正直に、今の時代の言葉と形で手渡していくこと。
それが、私が紅型と向き合い続ける理由です。

城間栄市プロフィール 生い立ちと紅型との距離
1977年、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育ちました。
幼い頃から、工房は日常の延長線上にありました。
染料の匂い、布を干す風景、
職人たちの背中や交わされる何気ない会話。
それらは特別なものというより、生活の一部として、自然に身の回りにありました。
本格的に工房に入り、父のもとで修行を始めたのは、
沖縄県芸術祭「沖展」への初入選をきっかけとしています。
紅型を「受け継ぐもの」としてではなく、
自分自身の人生として引き受ける覚悟が、
そのとき初めて定まったように思います。
外の世界で学んだこと
2003年からの約2年間、
インドネシア・ジョグジャカルタに滞在し、
バティック(ろうけつ染)を学びました。
異なる気候、異なる宗教観、異なる生活のリズム。
その中で工芸がどのように根づき、人々の暮らしと結びついているのかを、
現地での生活を通して体感しました。
この経験は、
「伝統を守ること」と「変化を受け入れること」は、
決して相反するものではない、
という確信を私にもたらしました。
受賞・出展についての考え方
これまで、沖展、日本工芸会、西部伝統工芸展、
MOA美術館岡田茂吉賞など、
いくつかの評価や賞をいただいてきました。
また、文化庁主催の展覧会や、
「ポケモン工芸展」など、国内外に向けた企画展にも参加する機会を得ています。
こうした節目を迎えるたびに、
私自身の評価以上に、
紅型という存在を知ってもらう機会が広がっていくことに、
大きな喜びを感じています。
一つの作品が、
「沖縄にはこういう染め物があるのですね」
という小さな気づきにつながる。
その積み重ねこそが、紅型の未来を静かに支えていくのだと感じています。
制作について
制作では、伝統的な技法を大切にしながらも、
その時代、その感覚にしか生まれない表現を探り続けています。
代表作の一つである紅型着物《波の歌》では、
沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、
藍色を基調に、リズムと奥行きを意識して表現しました。
新しさを声高に主張するのではなく、
布に触れた人が、
どこか懐かしさや安心感を覚えるような仕事を目指しています。
今、そしてこれから
現在は、
城間びんがた工房十六代代表として制作を行いながら、
日本工芸会正会員、沖展染色部門審査員、
沖縄県立芸術大学非常勤講師としても活動しています。
これらの役割もまた、
紅型を「閉じた世界」に留めず、
次の世代や、まだ出会っていない人たちへと
静かにつないでいくための一つの手段だと考えています。
これからも、
展覧会やさまざまな協働を通して、
紅型という文化に触れる“入り口”を、少しずつ増やしていきたい。
それは広げるためというより、
必要な場所に、必要なかたちで、そっと灯りを置いていく
そんな感覚に近いものです。
おわりに
公式ホームページでは、
紅型の歴史や背景、制作に込めた考えを、
少し丁寧に言葉にして残しています。
Instagramでは、
職人の日常や工房の空気、
沖縄の光や緑の中で息づく紅型の表情を、
より身近な距離感でお伝えしています。
どちらも、紅型を「特別なもの」にするためではなく、
今を生きる私たちの暮らしと、
静かにつながる存在として感じていただくためのものです。
この場所を訪れてくださったことが、
紅型との、ささやかな出会いとなれば幸いです。

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