「サクッと気持ちいい刃の通り──職人が愛する島豆腐の力」

ルクジュー(島豆腐)の神秘──琉球びんがたを支える伝統の“下敷き”

いつも紅型(びんがた)に興味をお持ちいただき、誠にありがとうございます。皆様の関心や応援が、私たちの挑戦を日々支えていると感じています。本記事では、琉球びんがたの制作工程に欠かせない道具の一つ、「ルクジュー」についてご紹介します。琉球時代から伝わるこの“豆腐(島豆腐)”を用いた下敷きは、実はあまり広く知られていません。しかし、道具としての機能性と伝統性は、私たちびんがた職人にとって欠かせない存在です。


型染めとルクジュー(島豆腐)の関係

琉球びんがたとは

琉球びんがたは、沖縄・琉球王国時代から300年以上続く伝統工芸の一つで、**「型染め」**と呼ばれる染色技法で生地に文様を描きます。日本国内には様々な型染め文化が存在しますが、島豆腐を乾燥させた下敷き(ルクジュー)を使うのは琉球だけといわれています。

ルクジューの正体

ルクジューとは、豆腐(特に島豆腐)を乾燥させたものを指します。柔らかい豆腐を何度も水分を抜きながら乾燥させると、硬すぎず柔らかすぎない、絶妙な弾力を持った素材へと変化します。こうして作られたルクジューは、**型紙を彫る際の“下敷き”**の役割を果たし、職人の刃先を程よく受け止めてくれるのです。


道具としての優位性

ホームセンターで売られているカッティングマットやシリコン板など、代用品はいくつか試されてきましたが、

  1. 硬すぎると刃が折れやすい
  2. 柔らかすぎると刃先を引っ張られ、切りづらい

という問題が生じていました。その点、乾燥させた島豆腐は、“サクッ”と刃が入るほどよい弾力を持ち、切れ味のキープと職人の疲労軽減を両立してくれます。

豆腐を乾燥させる理由と工程

3か月で消耗する下敷き

ルクジューは消耗品です。およそ3か月ほど使い続けると削れ切ってしまうため、工房ではまとめて島豆腐を仕入れて毎年作り置きしています。

  • 乾燥のステップ: 何重にも新聞紙を敷き、水分を吸わせながら少しずつ豆腐を乾かす。
  • 弾力の調節: 長期間放置するとさらに硬く締まっていくため、狙った弾力に達したら油を塗って乾燥を止める。
  • 腐らないメリット: しっかり水分を抜いてしまえば、常温でも腐ることなく使えるようになります。

刃物への影響と職人のこだわり

刃先の保護と切れ味の両立

写真に写っている刃物は、日本刀を鍛える職人さんが製作したものです。

  • 高密度の鋼: 真っ赤に焼いた鉄を叩いて強度を上げる工程を経た、非常に硬い鋼が使われています。
  • 切れ味と強度のバランス: どんなに鋼が優れていても、極限まで研ぎ上げると刃先は薄く弱くなります。
  • ルクジューとの相性: 程よい弾力が刃物を保護しつつ、硬すぎないため、スムーズな作業が可能に。

「突き彫り」の技法

琉球びんがたでは、**「突き彫り(つきぼり)」**と呼ばれる刃物を“突き刺すように”動かす彫り方があります。ルクジューの適度な弾力は、深く突き刺したときにも刃物が折れにくく、職人の手に伝わる負担も軽減してくれるのです。


伝統と合理性が生んだ道具

ルクジューを用いるのは、単に「昔からの伝統を守っている」からではありません。

  • 実用性: 豆腐由来とは思えないほど優れたクッション性と切れ味サポート。
  • 耐久性: 3か月ほどとはいえ、その間は十分に耐えうる性能。
  • 調整可能: 乾燥度合いや油を塗るタイミングを見極めることで、狙った硬さを自在にコントロールできる。

こうした伝統と合理性が融合した道具こそ、琉球びんがた職人が長きにわたり使い続けてきた理由なのです。


沖縄の気候と季節の移ろい

2025年3月17日現在、沖縄では気温が29度から13度まで大きく変化し、三寒四温の時期を迎えています。南風が吹き始めると一気に夏の気配を感じられ、職人たちの心は自然と高揚します。

  • 藍染めの季節が近づくと、工房には特有の発酵臭が漂い、
  • 夜釣りや取材で海へ出かける機会も増え、沖縄の海や自然との対話から新たなインスピレーションを得ることも。

紅型の色彩は、こうした沖縄の気候や風景、そして伝統に培われてきた職人の知恵が織り交ざって初めて完成するのです。


まとめ──豆腐(島豆腐)が織りなす琉球びんがたの魅力

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ルクジュー(島豆腐を乾燥させた下敷き)は、琉球びんがたの制作工程を支える欠かせない存在でありながら、まだまだ一般的には知られていません。しかし、その合理性と柔軟性はまさに琉球の文化が育んだ智慧ともいえます。
今後とも、紅型を通して琉球文化を皆様にお届けできるよう、職人一同精進してまいります。文化意識の高い方々や、染め物・伝統工芸に興味をお持ちの皆様にとって、こうした小さなエピソードが琉球びんがたをより身近に感じるきっかけとなれば幸いです。

城間びんがた工房
紅型の制作過程や沖縄の風景、季節の話題などを随時発信しております。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。

紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。

城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。

学歴・海外研修

  • 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
  • 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。

受賞・展覧会歴

  • 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
  • 平成25年:沖展 正会員に推挙
  • 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
  • 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
  • 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
  • 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
  • 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞

主な出展

  • 「ポケモン工芸展」に出展
  • 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
  • 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展

現在の役職・活動

  • 城間びんがた工房 十六代 代表
  • 日本工芸会 正会員
  • 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
  • 沖縄県立芸術大学 非常勤講師

プロフィール概要

はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。

これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。

私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。

20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。

最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。

メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。