「ひとしずくの出会いが染めるもの」
2025.05.25
いつも城間びんがた工房の活動を温かく見守っていただき、心より感謝申し上げます。
私たちは、琉球王朝の時代より紅型(びんがた)という染色技法を守り継ぎ、
この沖縄の地で300年あまり、染めの営みを続けてまいりました。
私は16代目として、日々の制作と記録を通じて、琉球の精神と文化に携わることの重みを感じています。
皆さまの好奇心、そして応援の言葉が、私たちの挑戦を支えてくださっています。
紅型の技術や美しさだけでなく、その奥にある時間や想い、
そしてこの島で育まれてきた感受性を、これからもお伝えしてまいります。
【月桃の花に宿る、島の感受性】
しとやかに咲く月桃の花が、先端に美しい雫をたたえる様子が映し出されています。花びらの先に宿るひとしずくが、まるで言葉を持つかのように静かに存在感を放っており、その姿はどこか気品に満ち、可愛らしさと凛とした空気をあわせ持っています。

「今日の誇らしゃや 何をにぎやなたてる 莟で居る花の 露行逢たごと」
島の朝、静かな空気の中で出会ったこの一瞬の風景は、私の中にある記憶を呼び起こしました。古くから沖縄で歌い継がれている祝いの歌、「座開き」の席で歌われる一節です。
「今日の嬉しさを何にたとえようか。蕾のままの花が、露とめぐり逢ったような気持ちだよ。」
この歌の意味を確認した時、胸の奥が静かに熱くなるような感覚を覚えました。花と露が出会う、その一瞬に喜びを見出す──そんな感受性を持って生きていた昔の人々の感性に、私は深く心を動かされたのです。
自然の小さな変化や、ほんの一瞬の出来事に対して、人生の機微や人との出会いを重ねて見つめる。そんな感性が、この島の中で、工芸文化を育んできたのではないかと思います。




そしてこの月桃の花にも、今回の投稿に添える理由がありました。月桃は沖縄に暮らす人々にとって、ごく身近な植物です。花が咲くことで季節の訪れを感じ、蕾から開花へ、さらに緑の実が成り、やがて赤く熟して中から種が現れる──この月ごとの変化こそが、私たちにとっての自然そのものなのです。
このような身近な自然の移ろいを、図案に込めるという行為自体が、私にとっては特別な意味を持っています。
実は、びんがたの歴史をたどると、かつて図案は職人が自由に描くことは許されていませんでした。琉球王国時代、びんがたは王府の命により作られ、中国への献上品、または琉球の王族氏族特定の階層のための染め物として発展してきました。
当時、王府の中には図案を作る専門の部署が存在し、現場の職人はそれを忠実に再現する役割に徹していたのです。つまり、びんがたとは政治的、外交的役割を担った“琉球王国の染物”でもありました。
中国の国立博物館には、今も当時のびんがたが新品のまま保存されていると聞きます。それはつまり、びんがたが一部の者だけに許された、きわめて格式高いものであった証でもあります。
だからこそ、今私たちが“身近な自然”を題材にし、自由に図案を描き、染めることができる現代は、本当に豊かで自由な時代だと感じるのです。
目の前の草花に心を寄せ、日々の暮らしの風景をデザインとしてすくい上げる。そういった行為は、かつての職人たちには許されなかった表現のかたちでもあります。
紅型という伝統的な技術の上に、今この時代の空気や自然や感情を重ねて表現する──これは“新しいびんがた”ではなく、びんがたが本来持っていた生命力を、今の時代に再び呼び起こすことだと私は考えています。
今日も月桃の花は、音もなく咲いています。そのそばに、ひとしずく。花と露が出会う一瞬の美しさは、静かに、でも確かに私たちの手仕事の根っこに息づいています。
これからも、そんな感受性を記録し、図案に込め、未来に渡していけたらと思います。
この花に、あなたは何を感じますか?
ひとしずくの出会いに、心が動いたら嬉しいです。
工房の公式Instagramでは、紅型づくりの現場や日々の小さな風景を、写真とともにお届けしています。
職人たちの静かな手仕事や、島の自然に寄り添う感性の記録を、ぜひそちらでもお楽しみください。


公式ホームページでは、紅型の歴史や伝統、私自身の制作にかける思いなどを、やや丁寧に、文化的な視点も交えながら発信しています。一方でInstagramでは、職人の日常や工房のちょっとした風景、沖縄の光や緑の中に息づく“暮らしに根ざした紅型”の表情を気軽に紹介しています。たとえば、朝の染料作りの様子や、工房の裏庭で揺れる福木の葉っぱ、時には染めたての布を空にかざした一瞬の写真など、ものづくりの空気感を身近に感じていただける内容を心がけています。
紅型は決して遠い伝統ではなく、今を生きる私たちの日々とともにあるものです。これからも新しい挑戦と日々の積み重ねを大切にしながら、沖縄の染め物文化の魅力を発信し続けていきたいと思います。ぜひInstagramものぞいていただき、工房の日常や沖縄の彩りを一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

城間栄市 プロフィール昭和52年(1977年)、沖縄県生まれ。
城間びんがた工房十五代・城間栄順の長男として育つ。
学歴・海外研修
- 平成15年(2003年)より2年間、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州に滞在し、バティック(ろうけつ染)を学ぶ。
- 帰国後は城間びんがた工房にて、琉球びんがたの制作・指導に専念。
受賞・展覧会歴
- 平成24年:西部工芸展 福岡市長賞 受賞
- 平成25年:沖展 正会員に推挙
- 平成26年:西部工芸展 奨励賞 受賞
- 平成27年:日本工芸会 新人賞を受賞し、正会員に推挙
- 令和3年:西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞
- 令和4年:MOA美術館 岡田茂吉賞 大賞 受賞
- 令和5年:西部工芸展 西部支部長賞 受賞
主な出展
- 「ポケモン工芸展」に出展
- 文化庁主催「日中韓芸術祭」に出展
- 令和6年:文化庁「技を極める」展に出展
現在の役職・活動
- 城間びんがた工房 十六代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門 審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
プロフィール概要
はじめまして。城間びんがた工房16代目の城間栄市です。私は1977年、十五代・城間栄順の長男として沖縄に生まれ、幼いころから紅型の仕事に親しみながら育ちました。工房に入った後は父のもとで修行を重ねつつ、沖縄県芸術祭「沖展」に初入選したことをきっかけに本格的に紅型作家として歩み始めました。
これまでの道のりの中で、沖展賞や日本工芸会の新人賞、西部伝統工芸展での沖縄タイムス社賞・西部支部長賞、そしてMOA美術館の岡田茂吉賞大賞など、さまざまな賞をいただくことができました。また、沖展の正会員や日本工芸会の正会員として活動しながら、審査員として後進の作品にも向き合う立場も経験しています。
私自身の制作で特に印象に残っているのは、「波の歌」という紅型着物の作品です。これは沖縄の海を泳ぐ生き物たちの姿を、藍型を基調とした布に躍動感をもって表現したものです。伝統の技法を守りつつ、そこに自分なりの視点や工夫を重ねることで、新しい紅型の可能性を切り拓きたいという思いが込められています。こうした活動を通して、紅型が沖縄の誇る伝統工芸であるだけでなく、日本、そして世界に発信できるアートであると感じています。
20代の頃にはアジア各地を巡り、2003年から2年間はインドネシア・ジョグジャカルタでバティック(ろうけつ染)を学びました。現地での生活や工芸の現場を通して、異文化の技術や感性にふれ、自分自身の紅型への向き合い方にも大きな影響を受けました。伝統を守るだけでなく、常に新しい刺激や発見を大切にしています。
最近では、「ポケモン×工芸展―美とわざの大発見―」など、世界を巡回する企画展にも参加する機会が増えてきました。紅型の技法でポケモンを表現するというチャレンジは、私自身にとっても大きな刺激となりましたし、沖縄の紅型が海外のお客様にも響く可能性を感じています。
メディアにも多く取り上げていただくようになりました。テレビや新聞、ウェブメディアで工房の日常や制作現場が紹介されるたびに、「300年前と変わらない手仕事」に込めた想いを、多くの方に伝えたいと強く思います。