沖縄の風と釣り道具が語る記憶
2024.12.15
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父から受け継いだ大切なもの
父から受け継いだ大切なものの一つに、画像にあるような釣りの道具たちがあります。これらは「ウキ」と呼ばれる道具で、釣りの仕掛けを浮かせるためのものです。しかし、これらはすべて購入したものではありません。むしろ、それぞれが父の工夫や修理を重ねながら生まれたものでした。今回は、この道具にまつわるエピソードを少しお話ししたいと思います。
私たちは、琉球時代から続く伝統工芸である紅型(びんがた)を沖縄で制作している「城間びんがた工房」といいます。私は16代目であり、現在も祖先から受け継がれた技術を守り続けています。この工房の歴史には、祖父や父の苦労と工夫が深く刻まれています。
祖父・栄喜の時代
祖父・栄喜は、第二次世界大戦を38歳で迎えました。沖縄戦の直後、焦土と化した地での生活は非常に厳しいものでした。戦後、生活必需品に直結しない紅型という伝統工芸を続けることは容易ではありませんでした。それでも祖父は、「この伝統を絶やしてはならない」という強い信念を持ち、城間家の門を広げ、多くの人々に紅型の技術を伝え始めました。
しかし、伝統工芸の仕事だけで生活を維持することは難しく、家族の生計を支えるため、祖父は沖縄の海で釣りをしながら食料を確保していました。祖父の幼少期の話を聞いたことがありますが、祖父は10歳のときに石垣島に奉公に出されたといいます。反物を50反盗まれその代金を家族が払うことができずに、10年間も石垣島で理容室で働きながら、漁師としても働いていたと聞いています。この経験から、祖父は釣りの技術を身につけ、その腕前は戦後の厳しい時期にも家族を支える力となりました。
父・栄順の時代
私の父・栄順は、9歳で終戦を迎えました。戦後の混乱期に、祖父とともに釣りをしながら家業を手伝い、家庭を支えてきたといいます。父もまた、祖父から釣りの技術を受け継ぎ、その腕は確かでした。父の釣りに関する情熱は並々ならぬもので、私が子どもの頃の記憶でも、父が仕事以外の時間を釣りに費やしていた姿が鮮明に残っています。
手作りの道具たち
父が使っていた釣り道具の多くは、市販のものではなく、漁港で見つけた捨てられた道具や漂流物を再利用して作ったものでした。父は、それらを拾い集め、丁寧に手入れをし、自分好みにカスタマイズしていきました。一つひとつの道具には、父の工夫と手間が詰まっており、釣りの時間が単なる趣味を超えた「父の創造の時間」だったことを、今になって理解しています。
例えば、ウキの塗装をし直してバランスを調整したり、錘(おもり)を最適な形に削り直したりと、父の物作りの工夫が随所に見られました。それらの道具は、ただ釣りのためのものではなく、父にとっての「ものづくりの延長」でもあったのだと思います。
釣りの時間と思い出
私自身も、幼い頃から父と釣りに出かけることが日常の一部でした。父が釣りをする姿は、まさに集中そのもので、私はそのそばで魚が釣れる瞬間を見守りながら、父の手元の動きや言葉を覚えていきました。釣りの時間は、ただ魚を獲るだけではなく、自然と向き合う中で何かを感じ取る大切な時間だったのだと、今になって気づきます。
そしてある日、父が釣りを辞めると決めたとき、その道具を私に託してくれました。「これをお前が使え」と言われたときの感覚は、言葉では表しきれないものでした。父が手を加え、長年大切にしてきた道具を受け取ることで、その思いや技術までも受け継ぐような気がしたのです。
これらの道具を見ていると、釣りをしていた父の姿や、祖父の話を聞かせてくれた母の声が思い出され、なんとも言えない気持ちになります。子供の頃や青年時代には、正直この道具が少し古臭く、どこか野暮ったく感じられることもありました。特に、私が成長する中で釣り道具が急激に進化し、大量生産された機能的な道具や作家が手がけた美しいウキが登場した時代を見てきたからこそ、「機能性としてどうなのだろう?」という疑問を持つこともありました。
しかし今、こうして父や祖父が残した道具たちを手に取ると、それが単なる物ではなく「生きた道具」であることを感じます。限られた状況の中で工夫を重ね、家族のために使い続けられた道具たちは、時代を超えた温もりと重みを持っています。ものづくりの道を歩む私にとって、この釣り道具は「受け継ぐ」ということの意味を改めて教えてくれる、かけがえのない存在です。
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城間栄市 プロフィール
- 昭和52年 沖縄県に生まれる。城間びんがた工房15代 城間栄順の長男。
- 平成15年(2003年) インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にて2年間バティックを学ぶ。
- 平成25年 沖展正会員に推挙。
- 平成24年 西部工芸展 福岡市長賞 受賞。
- 平成26年 西部工芸展 奨励賞 受賞。
- 平成27年 日本工芸会新人賞を受賞し、正会員に推挙される。
- 令和3年 西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞。
- 令和4年 MOA美術館岡田茂吉賞 大賞を受賞。
- 令和5年 西部工芸展 西部支部長賞 受賞。
- 「ポケモン工芸展」に出展。
- 文化庁「日中韓芸術祭」に出展。
- 令和6年 文化庁「技を極める」展に出展。
現在の役職
- 城間びんがた工房 16代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
- 沖縄大学 非常勤講師