時を超えた職人たちのメッセージ〜物語が文化になる経緯

いつも紅型に興味を持ち、好奇心を持ってご覧いただき、本当に感謝しています。紅型を通して琉球文化の魅力を伝え、少しずつでもその奥深さや背景を知っていただけるよう、コラムを増やしていきたいと考えています。伝統を受け継ぐことは、一方通行ではなく、見てくださる皆様の関心や応援があってこそ続いていくものです。皆様の好奇心が、私たち職人にとって何よりの励みとなっています。これからも、琉球の美しさ、歴史、そして職人の想いをお届けできるように努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

東ティモールでの経験から

2018年、私はインドネシアの東ティモールを訪れる機会を得ました。きっかけは、オペラ歌手の宮良多鶴子さんとのご縁。彼女は長年にわたり東ティモール支援に携わり、偶然にも首里の先輩でもありました。この縁が巡り、私は紅型のワークショップを通じた文化交流のために東ティモールへと向かうことになったのです。

その地で私たちは、紅型のワークショップを開催し、宮良さんはオペラを披露し、最後には沖縄の祝いの場で踊られるカチャーシーを皆で踊るという時間を過ごしました。言葉や文化の違いを超えて、体を動かし、手を動かし、笑い合うことで、瞬間的に壁が消え、文化という大きな布の上に、一緒に模様を染めていくような感覚を覚えました。


文化は「伝える」のではなく「ともに生きる」もの

紅型のワークショップでは、現地の子どもたちや技術者たちと交流しながら、それぞれの手で布を染めていきました。すると、どの瞬間も、彼らの目がキラキラと輝いているのがわかりました。彼らは「教わる」のではなく、むしろ「自ら染め上げていく」感覚を持っていたのです。私はその姿に、改めて文化とは知識ではなく、体験を通じて心に刻まれるものだと実感しました。

文化はただ保存するものではなく、生き続けるものです。人がその文化を使い、語り、体験し続けてこそ、その文化は息をし続ける。そのことを、彼らの手仕事を通じて教えられた気がしました。


沖縄と東ティモール——時を超えてつながる魂

あれから8年。あの時の私は、工房を引き継いで4年目。未来を模索し、紅型をどう発展させるべきかを考えていた時期でした。沖縄の工芸を世界へ広げるにはどうすればいいのか?次の5年、10年をどう生き抜くのか?そんな問いを抱えながら、海外に目を向けていました。

そして訪れた東ティモール。まだ発展途中の国で、近代化と伝統が交錯する街並み。その地で見た職人たちの姿は、私の価値観を大きく揺さぶりました。

「私たちが何か教えられることがあるのではないか?」——そんな気持ちを抱いていた私に対し、彼らはまるで「そんなものは必要ない」と言わんばかりの堂々とした態度で、自分たちの技術を披露してくれました。自信に満ちたその眼差しは、祖父や父の姿とも重なりました。

彼らは言葉ではなく、「私たちはこの地で生き、この手仕事とともに生きている」ということを、全身で表現していたのです。


文化は生き物——保存するのではなく、使い続けるもの

私は沖縄で紅型を守り続けてきた家系に生まれました。しかし、「守る」という言葉はときに、何かを固定し、変えずに維持することを意味してしまいます。けれど、東ティモールの職人たちを見たとき、文化を守るとは、変わり続けながら生き抜くことではないかと思いました。

紅型もまた、ただ過去の遺産として**「残す」のではなく、今を生きる私たちの手で「染め続ける」**ことで未来へつながっていくのだと。手を動かし、布を染め、模様を描き続けることで、紅型は未来へ受け継がれていく。


時代を超えた職人たちのメッセージ

東ティモールでの経験は、私にとって単なる海外交流ではなく、「自分がこれからどう生きるべきか」という大きな問いを投げかけてくれました。彼らが手を動かし、ものを作りながら伝えてくれたメッセージは、こう言っているように思えます。

「今、自分ができることを、誠実に、力強く、柔軟に続けていくこと。それが未来の文化を作るのだ」と。

祖父がそうしていたように、父がそうしていたように、そして今の私がそうするように——。

文化は、形だけのものではなく、その時代を生きる人々の思いとともに変化しながら受け継がれていくもの。だからこそ、私はこれからも紅型を通じて文化の価値を、未来へ向けて染め続けたいと思います。


今日もまた、初心に帰り、一枚の布を染める

あの旅から帰ってきてから、私はこれまで以上に**「初心を忘れないこと」**を大切にしています。

文化を残すこととは、形だけを守ることではなく、今を生きる私たちがどう向き合うかにかかっている。私の祖父や父がそうしてきたように、そして、東ティモールの職人たちがそうしていたように——。

私は今日もまた、紅型の工房で布を広げ、一枚一枚、丁寧に染めていきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。貴重な時間を割いて、このコラムをご覧いただいたことに、心から感謝しております。歴史や文化は、こうして誰かの心に届き、思いを巡らせることで、未来へと受け継がれていくものだと感じています。こういった世界の片隅で起きた出来事が、今を生きる皆様にとって何かしらの気づきや、想いを馳せるきっかけになれば幸いです。皆様の応援が、私たちの仕事を続ける大きな力になっています。これからも紅型を通して、琉球の美しさをお届けしていきたいと思います。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

城間栄市 プロフィール

  • 昭和52年 沖縄県に生まれる。城間びんがた工房15代 城間栄順の長男。
  • 平成15年(2003年) インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にて2年間バティックを学ぶ。
  • 平成25年 沖展正会員に推挙。
  • 平成24年 西部工芸展 福岡市長賞 受賞。
  • 平成26年 西部工芸展 奨励賞 受賞。
  • 平成27年 日本工芸会新人賞を受賞し、正会員に推挙される。
  • 令和3年 西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞。
  • 令和4年 MOA美術館岡田茂吉賞 大賞を受賞。
  • 令和5年 西部工芸展 西部支部長賞 受賞。
    • 「ポケモン工芸展」に出展。
    • 文化庁「日中韓芸術祭」に出展。
  • 令和6年 文化庁「技を極める」展に出展。

現在の役職

  • 城間びんがた工房 16代 代表
  • 日本工芸会 正会員
  • 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門審査員
  • 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
  • 沖縄大学 非常勤講師