「未来へ続く色」
2025.02.06
手仕事のある風景について
手仕事のある風景と聞いて、どのような情景を思い浮かべるでしょうか?
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
私たちは、沖縄・首里城のすぐ近くで紅型(びんがた)という伝統工芸の染め物を制作している城間びんがた工房です。私は16代目にあたります。
私たちの工房では、かつて琉球王国の王族や士族の衣類を染めていました。その技術は300年以上変わることなく受け継がれ、今もなお、時代に合った表現を加えながら制作を続けています。
紅型は決して生活必需品とは言えませんが、私たちは「一つひとつの作品を大切に、心を込めて作ること」に重きを置き、日々取り組んでいます。
ものづくりをする人たちには、「願い」と「想い」を込める」という言葉があります。私たちもまた、この沖縄の地で、変わらぬ想いを持ち続けながら紅型を作り続けていきたいと願っています。
琉球王朝時代からのものづくり
紅型は琉球王朝の庇護のもとで発展してきました。王朝がスポンサーだったため、材料は支給され、作られる衣類は王族や士族のためのものでした。
この環境は、作り手にとって非常に恵まれたものでした。**コストを気にせず最高級の素材をふんだんに使い、技術を惜しみなく発揮できた時代。**まさに、職人にとって理想的な環境だったのではないかと思います。
しかしながら、戦後になると状況は一変します。
祖父・栄喜の時代は、戦後復興のなかで伝統工芸を守り抜くことに必死だった時代。
父・栄順の時代には、伝統衣装から日本の和装へと新たな挑戦を続けた時代。
そして現在に至るまで、時代の流れとともに多くの変化を経験しながらも、紅型の技術を絶やすことなく受け継いできました。
今、令和7年2月5日にも続く「職人の手仕事」
今回、写真でご覧いただく職人たちの手仕事は、まさに**「今、ここにある現実」です。
伝統工芸が時代の変化とともに消えていくことが多い中、今もなお、この風景が存在していることは「奇跡」とも言えるのかもしれません。**
これは、周囲の支えがあったからこそ成し遂げられたこと。改めて、私たちは多くの人々に支えられ、恵まれた環境の中でこの仕事を続けてこられたのだと感じます。

隈取り」とは 〜紅型の奥深い色彩表現〜
紅型の技法のひとつに 「隈取り」 があります。これは、型を置いた後に色を差し、濃淡をつけていく作業のことを指します。いわゆる グラデーション であり、紅型独特の立体感や奥行きを生み出す重要な工程です。写真は、まさにその「隈取り」を行っている風景です。
紅型で使用する色は 顔料 と呼ばれるもので、粒子が粗く、生地の繊維に入りにくい特徴があります。そのため、色をさらに重ねる「隈取り」の工程では、刷り込み用の筆 が非常に重要になります。


紅型の隈取り筆 〜手作りの伝統道具〜
この刷り込み筆、実は 工房で手作り しています。琉球時代から受け継がれる伝統的な道具であり、筆の毛には女性の髪の毛 が使われています。写真の筆先に見えている黒い部分が、その髪の毛です。
持ち手の部分は竹で作られていますが、竹の中心付近まで髪の毛が詰まっており、使用するたびに毛先を整え、磨耗して短くなったら 竹の部分を削り取ることで、長く使い続ける ことができます。この 毛先の長さを調整する ことで、異なる生地に対して安定した染め作業を行うことができるのです。
生地によって変わる筆の調整
実は、この筆の 毛先の長さは、隈取りを行う際に非常に重要 なポイントになります。
✔ 絹には絹の長さ
✔ 紬には紬の長さ
✔ 麻には麻の長さ
✔ 木綿には木綿の長さ
生地の種類によって、筆の毛先の長さを微調整することで、より安定した仕事ができるのです。一般的な染色用の筆では、毛先の長さを自由に整えることができません。そのため、この手作りの筆こそが 紅型ならではの繊細な表現を可能にする道具 なのです。
紅型は、技法だけでなく 道具にも深いこだわり が詰まっています。伝統の知恵が息づくこの筆が、これからも 美しい隈取り を支えていくのです。
「水元」〜紅型を鮮やかに仕上げる最終工程〜
次にご覧いただいている写真は、「水元(みずもと)」と呼ばれる工程の様子です。水元とは、染め上がった布を水洗いし、余分な糊や不純物を落とす工程 のことを指します。紅型では、この水元の作業を 二度 行います。

紅型における水元の役割
紅型の制作では、まず 白地の状態で一度水元を行い、そこから地染めを施す場合は、さらにもう一度水洗いを行う ことになります。作品によっては、白地のまま仕上げることもありますが、地染めを行う場合は、染めた後に再び水元の作業を行い、最終的に発色を整えます。
この水元の工程によって、布の表面についた糊や余計な顔料を洗い流し、紅型ならではの鮮やかな発色を引き出す ことができます。そして、余分なものが落ちた布を乾かし、仕上げを行うことで、紅型の完成へと近づくのです。
首里の地下水と染め物文化
ここからは少し工程とは異なる話になりますが、紅型と 首里の地下水 の深い関係について触れたいと思います。
そもそも、首里城周辺に多くの染め物工房や泡盛の酒蔵が存在するのには、理由があります。 それは、首里の土地が沖縄では比較的高台にありながらも、地下水が非常に豊富 だったからです。
首里の地下には大きな 岩盤が広がっており、その岩盤が大量の水を蓄える構造 になっています。私自身も昔から首里周辺で多くの 井戸 を見てきましたが、覗き込むと 水面が高く、非常に豊かな水量が湧き出している井戸 が数多くありました。
私たち 城間の家にも、4つの井戸 があり、その中には 約2トンもの水を蓄えられる大きな井戸 もありました。私が23歳頃まで水元の作業を担当していましたが、その頃は 地下水を汲み上げ、紅型を水洗いする作業を行っていました。 そして驚くことに、翌日には、また同じように地下から水が湧き出し、井戸が満たされていた のです。それほど、首里という土地は水の豊かさに恵まれていました。
しかし、時代の変化とともに生活排水などが流れ込むようになり、残念ながら現在では地下水を直接使用することはできなくなってしまいました。それでも、今も変わらず 「水元」の工程は欠かせない作業 であり、紅型の美しさを最大限に引き出すために、慎重に水洗いを続けています。

水の中で見る紅型の美しさ
私が水元の作業に携わっていたのは 約7年間 でしたが、水の中で染め上がった紅型を洗い流す光景は、職人だけが見ることができる 特別な美しさ があります。
水の中で揺れる紅型は、まるで命を吹き込まれたかのように色彩が踊り、光を受けて輝きます。 その瞬間こそが、職人にとって 最も感動的なひととき ではないかと思っています。
紅型が持つ本来の美しさを引き出す「水元」。その工程は、紅型の命を輝かせるために欠かせない、大切な役割を担っています。
「糊伏せ」 〜紅型の奥行きを生み出す技〜
紅型の制作工程の最後に行うのが 「糊伏せ(のりふせ)」 という作業です。この工程では、一度染め上げた生地に もち米粉と米ぬか粉を混ぜ、さらに塩を加えて乾燥具合を調整した特別な糊 を塗り、染めたくない部分を守る役割を果たします。

糊の配合と調整
紅型の糊伏せに使用する糊は、その配合によって仕上がりが大きく変わります。
- 米粉を多めに入れると粘りが強くなり、生地への定着が増す
- 米ぬかを増やすとサクッとした仕上がりになり、水洗い時に落ちやすくなる
- 塩を加えることで、乾燥をコントロールし、割れを防ぐ
特に冬のように 乾燥が激しい時期 には、塩を多めに入れて糊が乾燥しすぎるのを防ぎます。乾燥が進みすぎると 糊が割れ、生地の染まり方にムラが出てしまうため、気候に応じて糊の配合を調整するのが職人の腕の見せどころです。
糊伏せの歴史と進化
琉球王国時代には、紅型の柄をすべて糊伏せする手法が主流 でした。私の記憶でも 30年ほど前までは、ほとんどの紅型が全面伏せの手法を取っていた ように思います。これは、紅型に 迫力や重厚感を持たせるための技法 であり、伝統的な作り方として受け継がれてきました。
しかしながら、私の父の時代になってからは、紅型が 「着物」としての用途が広がるにつれ、より繊細な表現やデザイン性が求められるようになりました。 その結果、伏せる部分と残す部分を計算しながら、 柄の奥行きや色彩のバランスを工夫する手法 が生まれました。
例えば、
- 伏せる部分を増やすことで、背景色をくっきりと際立たせる
- 一部を伏せずに残すことで、模様を浮かび上がらせる
- 地色に奥行きを持たせ、柄に立体感を生み出す
こうして、「伏せる色」「生かす色」のバランスを考えながら試行錯誤が繰り返されるようになった のです。
糊伏せは「影の主役」
糊伏せの工程は、紅型の仕上がりを左右する極めて 繊細かつストイックな作業 です。なぜなら、伏せた部分が適切であれば 誰にも気づかれず、美しい柄が自然に際立つ のに対し、もし少しでもはみ出してしまうと、それは 明らかな失敗 となってしまうからです。
言い換えれば、「糊伏せの成功は目立たないが、失敗は一目でわかる」という、職人にとっては非常に神経を使う工程 なのです。そのため、丁寧に慎重に伏せを行い、一つひとつの柄を 最適な形で引き立てる ことが重要になってきます。
紅型の美しさを決定づける最終工程
糊伏せは、紅型の全体の 完成度と美しさを決める最終工程 であり、紅型が持つ色彩の鮮やかさ、柄の奥深さを引き出すために欠かせない作業です。
私たち城間びんがた工房では、長年培われてきた伝統技法を大切にしながら、さらに新しい表現の可能性を模索し続けています。紅型の魅力が、これからも多くの人に伝わることを願っています。
今回は、紅型の10の工程のうち「隈取り」「糊伏せ」「水元」を個別にご紹介しました。工程を順序よくご覧になりたい方は、びんがたの制作工程をご覧ください。
紅型の工程は、一つひとつがとても重要であり、それぞれに独自の特徴と役割があります。今回は、より踏み込んだ視点からお伝えしたいと思い、このような形でご紹介しました。
紅型を通して琉球文化を伝えられることに、心から感謝しています。そして、皆さまの好奇心や応援が、私たちの挑戦を支えてくれています。
いつも温かく見守っていただき、本当にありがとうございます。






城間栄市 プロフィール
- 昭和52年 沖縄県に生まれる。城間びんがた工房15代 城間栄順の長男。
- 平成15年(2003年) インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にて2年間バティックを学ぶ。
- 平成25年 沖展正会員に推挙。
- 平成24年 西部工芸展 福岡市長賞 受賞。
- 平成26年 西部工芸展 奨励賞 受賞。
- 平成27年 日本工芸会新人賞を受賞し、正会員に推挙される。
- 令和3年 西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞。
- 令和4年 MOA美術館岡田茂吉賞 大賞を受賞。
- 令和5年 西部工芸展 西部支部長賞 受賞。
- 「ポケモン工芸展」に出展。
- 文化庁「日中韓芸術祭」に出展。
- 令和6年 文化庁「技を極める」展に出展。
現在の役職
- 城間びんがた工房 16代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
- 沖縄大学 非常勤講師