「家族で受け継ぐ職人技──手作りの筆が生む紅型の世界」
2025.03.14
おはようございます。紅型を通じて琉球文化が伝わっていくことを、大変ありがたく思っています。いつも好奇心を持ってご覧いただき、ありがとうございます。
今日は道具作りについてお話ししたいと思います。紅型の道具は、染色の本場・京都から取り寄せるものも多いのですが、私たちが身近な材料で手作りすることも少なくありません。今回は、琉球時代から伝わる「人の髪の毛で作られた筆」についてご紹介します。
ちょうど写真に写っているのは、道具作りの様子で、15代目である父・栄順が作業をしているところです。道具のほとんどは父が手作りしており、このように仕事の休みや合間を見つけて道具を作るのが父の日課になっています。

この竹筒の中に髪の毛を収めて作った筆ですが、使うのは沖縄本島の山に自生する、太くならないタイプの細い竹です。山で採ってきた竹を1年から2年ほどかけてじっくり乾燥させ、髪の毛はタコ糸を使って竹筒の中に引き込みます。筆の6~7割ほどを髪の毛が占めるように仕上げることで、竹を少しずつ削りながら何年も長く筆を使い続けられるのです。
父は、物のない不便な時代からこの工芸を守り続けてきました。使い勝手の良い道具が見つかったり手に入ったりすると、仕事がはかどり、より良い作品ができるようになります。そうした背景から、道具には並々ならぬ思い入れがあるのだと感じています。


この筆は構造こそシンプルですが、髪の毛を入れすぎると竹が割れ、少なすぎるとしっかりと刷り込めない筆になってしまいます。見た目以上に経験と感覚が求められる道具なのです。また、竹の採取も大切な工程で、工房全員で山に出向き、許可を得た場所から竹を採ってきます。竹は生育環境によって丈夫さや密度が変わるため、父が選んだ竹はやはり使い勝手が良く、丈夫なものが多いです。そうした竹であれば髪の毛をより多く詰められるなど、仕上がりにも大きく影響します。
令和7年という便利な時代に、「もっと代用品があるのではないか」と思われる方もいるかもしれません。実際、ホームセンターや道具屋さんを巡るのは私も大好きで、最新の道具には常に目を向けています。ですが、人の髪の毛で作られたこの筆にはやはり優れた点が多く、今でも気に入って使い続けているのです。
この筆は、主に紅型の顔料を生地に「刷り込む」工程で使用します。紅型では鉱物性の顔料を使うため、布に色が染み込みにくく、布で塗り広げたり筆でこすり込む必要があります。その「刷り込み用筆」として、この髪の毛の筆が活躍するのです。毛がぎっしりと詰まっていて、垂直に押し込む力にも耐えられるのが大きな特長といえます。



また、生地によって最適な毛先の長さは異なるため、ゴツゴツした生地やツルツルした生地、紬やちりめんなどに合わせて筆先を調整すれば、仕上がりが格段に良くなります。髪の毛が長すぎる場合はヤスリやハサミで切り、短い場合は竹を鉛筆のように削って髪の毛を長く出すことで、筆先の長さをコントロールできるのです。
この筆が最も活躍するのは「隈取り」という工程で、既に一度塗った顔料にさらに色を重ねて刷り込んでいきます。より染み込みにくくなった生地に対して、力強く色を入れる必要があるため、しっかりと詰まった髪の毛の筆は欠かせません。

ここまでの説明で、この筆がどれほど大切な道具か伝わっていれば幸いです。もちろん道具に求められるのは機能性の高さですが、自分の手で作った道具という点にも深い意味があると私は考えています。私たち作り手にとって、道具は「手の延長」といえる存在です。つまり、道具を通して思いが布に伝わっていくわけです。
山で採取した竹を自分の手で加工し、髪の毛を詰めて筆を作るという一連の作業には、実感に裏打ちされた強い意義があると思います。たとえ将来的にシャーペンのように芯を繰り出す仕組みなど、さらなる技術革新が起こったとしても、私にとってはこの「手の延長」となる道具こそが、作品に思いを込められる最良のパートナーだと感じています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。皆さんの好奇心が、私たちの挑戦を支えています。私たちはものづくりを通じて琉球の思いを守ることをいつも念頭に置いています。琉球という小さな島国が育んだ多様な文化は、日本の一部として、また独自の彩りとしての価値を持っていると信じているからです。そうした私たちの挑戦をいつも応援してくださる皆さんに、心から感謝しています。











城間栄市 プロフィール
- 昭和52年 沖縄県に生まれる。城間びんがた工房15代 城間栄順の長男。
- 平成15年(2003年) インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にて2年間バティックを学ぶ。
- 平成25年 沖展正会員に推挙。
- 平成24年 西部工芸展 福岡市長賞 受賞。
- 平成26年 西部工芸展 奨励賞 受賞。
- 平成27年 日本工芸会新人賞を受賞し、正会員に推挙される。
- 令和3年 西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞。
- 令和4年 MOA美術館岡田茂吉賞 大賞を受賞。
- 令和5年 西部工芸展 西部支部長賞 受賞。
- 「ポケモン工芸展」に出展。
- 文化庁「日中韓芸術祭」に出展。
- 令和6年 文化庁「技を極める」展に出展。
現在の役職
- 城間びんがた工房 16代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
- 沖縄大学 非常勤講師