「美しいものを残すということ」―未来に向けた紅型の役割
2024.12.29
祖父栄喜の挑戦と決意
祖父栄喜が、父である栄松から引き継いだ紅型の仕事。これはただの技術や生業ではなく、祖父にとっては「先祖から授かった大切で尊いもの」でした。その背景には、紅型の美しさや色彩の持つ力、そして沖縄文化を後世に残すという強い使命感がありました。祖父が幼少期から青年期を過ごした石垣島での体験が、その思いをさらに強固にしたのではないかと感じています。
戦後の決意と琉球文化の復興
38歳で戦後を迎えた祖父は、疎開先から故郷の首里に戻り、壊滅的な光景を目の当たりにしました。首里城を含むすべてが焼け落ち、土台だけが残るその状況に、祖父は深い衝撃を受けたことでしょう。そして、その場で琉球文化の復興を心に誓いました。その思いが形になったものの一つが、戦後間もなく作られたポストカードです。
当時、沖縄も日本も戦後復興の時代。食べるものも着るものも住むところも満足にない状況の中で、贅沢品である伝統工芸品や飾り物を売ることは至難の業でした。そんな中、唯一購買力を持っていたアメリカ兵たちをターゲットに、自分たちで染めたポストカードを販売することになります。これは時代の流れから生まれた必然だったのかもしれません。
祖父は、避難小屋として暮らしていたテントの軒先に紐を張り、洗濯バサミでポストカードを並べて展示しました。それを見たアメリカ兵たちが興味を持ち、次々と購入していったそうです。こうして始まった戦後の城間びんがた工房でのものづくりは、まさにゼロからのスタートでした。
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絵はがきに込められた想い
今改めて、そのポストカードを見ると、背筋が伸びる思いがします。なぜなら、祖父がどんな状況においても仕事に妥協せず、真摯に向き合っていたことがひしひしと伝わるからです。
当時、アメリカ兵たちは紅型や琉球文化について深く理解していたわけではないでしょう。それでも祖父は、「文化を伝えるためには手を抜いてはいけない」という信念を持って仕事に取り組みました。この絵はがきに見られる型紙の彫り込みは、非常に細かく正確で、簡単には真似できないものです。こうした彫り込みを実現するには、優れた刃物と多くの時間が必要です。
しかし、当時の道具は恵まれていませんでした。祖父は刃物の代わりに壁掛け時計の秒針や自転車の車輪の金具を拾い集め、それらを砥石で研ぎ直して使用していました。そうした道具でここまで精密な仕事を成し遂げるには、並外れた努力と技術が必要だったはずです。
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「生まらすん」という祈り
「生まらすん」――これは沖縄の伝統工芸の作り手たちの間で大切にされてきた言葉です。「祈るように仕事をすると、実力を超えた良いものが思いがけず生まれる」という意味があります。戦前から戦後の沖縄で、そんな思いが多くの作り手たちの胸にあったと聞きます。
祖父も、戦後の苦労した時代の中で、この言葉を心の支えとしていたのではないでしょうか。ろくに照明もない薄暗がりの作業場、限られた道具しか手元にない中で、一つの美しい作品が仕上がったとき、祖父はきっと小躍りして喜んだことでしょう。そんな光景が目に浮かぶようです。
厳しい環境の中で培われた仕事には、強さとたくましさ、そしてそれを覆うような優しさが秘められているように感じます。それは、ただ困難に立ち向かうだけではなく、そこに人間の希望や祈りが込められているからこそ、私たちに響くのかもしれません。
文化を守る胆力
祖父の仕事に対する姿勢や、文化を守り抜こうとする胆力には、私も頭の下がる思いです。どれだけ困難な状況であっても、祖父は文化の価値を信じ、その価値を伝えるために最善を尽くしました。
こうして残されたポストカードは、当時の祖父の思いと、その思いを形にするための技術を現代に伝える貴重な資料です。時折、こうした資料に触れることで、私は祖父の背中を見ながら、「自分がこれから何を残していくべきか」を考えさせられます。そして、それが紅型の未来を形作る指針となっています。
祖父が残した「どれだけ時代や環境が困難であっても、手に取る人にとってそれは関係のないものだ」という言葉。沖縄の自然や文化そのものを表現する紅型を、次の世代へどう繋いでいくか。その課題と向き合いながら、私もまた仕事に取り組んでいきたいと思います。
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城間栄市 プロフィール
- 昭和52年 沖縄県に生まれる。城間びんがた工房15代 城間栄順の長男。
- 平成15年(2003年) インドネシア・ジョグジャカルタ特別州にて2年間バティックを学ぶ。
- 平成25年 沖展正会員に推挙。
- 平成24年 西部工芸展 福岡市長賞 受賞。
- 平成26年 西部工芸展 奨励賞 受賞。
- 平成27年 日本工芸会新人賞を受賞し、正会員に推挙される。
- 令和3年 西部工芸展 沖縄タイムス社賞 受賞。
- 令和4年 MOA美術館岡田茂吉賞 大賞を受賞。
- 令和5年 西部工芸展 西部支部長賞 受賞。
- 「ポケモン工芸展」に出展。
- 文化庁「日中韓芸術祭」に出展。
- 令和6年 文化庁「技を極める」展に出展。
現在の役職
- 城間びんがた工房 16代 代表
- 日本工芸会 正会員
- 沖展(沖縄タイムス社主催公募展)染色部門審査員
- 沖縄県立芸術大学 非常勤講師
- 沖縄大学 非常勤講師